第23話 売る前に見る
翌朝
目を覚まして
最初に感じたのは
静か
だった
「…………」
見慣れない天井
見慣れない部屋
そして
聞こえない
馬の足音も
荷物を動かす音も
バルドの声も
「……静かね」
昨日までなら
もうバルドが
動き始めていた頃だ
それが
今日はない
少しだけ
変な感じがする
「よし」
体を起こして
身支度を整える
今日は
アルネスの市場を
見に行くつもりだ
昨日は
目的地へ向かって
歩いただけ
今日は違う
これから
この街で商売するなら
何が売られていて
どれくらいの値段で
どんな人が買っているのか
自分の目で
見ておきたい
――その前に
「露店って、どうやって出すのかしら」
市場があるからって
好きな場所に
商品を並べていいとは
思えない
「商人ギルドで聞けばいいわね」
分からないことは
分かる人に聞く
その前に
朝ご飯
一階へ降りると
食堂には
すでに何人か
客がいた
旅装の男
大きな荷物を持った
二人組
食事を済ませて
早々に出ていく人もいる
「おはよう、マサキ」
「おはよう、マルタ」
空いている席へ座ると
少しして
朝食が運ばれてきた
黒パン
野菜の入ったスープ
薄く焼いた卵
派手じゃない
でも
いい匂いがする
「いただきます」
スープを一口
「……美味しい」
野菜は
柔らかく煮込まれていて
味付けも濃すぎない
黒パンを浸して食べても
よく合う
昨日の夕食も
美味しかった
ゴードン
無口だけど
料理は上手なのね
朝食を食べ終えて
席を立つ前に
マルタへ声を掛ける
「ねえ、マルタ」
「何だい?」
「この街の市場ってどっち?」
「市場なら――」
マルタが
簡単に道を教えてくれる
ここからなら
歩いてそれほど
遠くないらしい
「ありがとう」
「ああ。迷子にならないようにね」
「ならないわよ」
……多分
「行ってきます」
「行っといで」
《麦穂亭》を出る
朝のアルネスは
昨日とは
また違う顔をしていた
店を開ける人
荷物を運ぶ人
馬車を引く人
道を急ぐ人
もう
街は動き始めている
「さて」
まずは
商人ギルド
商人ギルドへ着くと
昨日より
少し人が多かった
受付に並び
順番を待つ
「次の方、どうぞ」
昨日とは
別の受付だ
「市場で露店を出してみたいんだけど、どうすればいいの?」
「一日だけでしたら、商人登録は必要ありません。一般区画の利用料が一日100Gです」
「それだけ?」
「身分証と、何を販売するかの申告は必要です。翌日分を前日までに申し込んでいただき、区画は抽選となります」
「明日売りたいなら、今日申し込むのね」
「はい」
「場所は?」
「抽選後、こちらか市場の管理所で確認できます」
「分かったわ。ありがとう」
思っていたより
簡単に始められそうだ
今日はまだ
申し込まない
何を売るかも
決めていないんだから
まずは
市場を見る
商人ギルドを出て
マルタに教えてもらった
市場へ向かう
近づくにつれて
人の数が増えていく
「……広いわね」
通りの両側に
店と露店が
ずらりと並んでいる
市場の入口には
小さな建物
「あれが管理所ね」
さっき聞いた場所だ
人混みの向こうでは
槍を持った兵士が二人
ゆっくりと
市場を歩いている
その横を抜けて
市場の中へ入った
赤い実のついた野菜
見たことのない
丸い根菜
大きな葉物
その先には
黒パンや干し肉
乾燥させた果物
さらに
布や糸
木の器
籠
革製品
「色々あるわねぇ」
見ているだけでも
楽しい
でも
今日は買い物だけを
しに来たわけじゃない
商品の横に出ている
値段を見る
野菜はいくら
パンはいくら
布はいくら
気になった物は
覚えておく
少し進むと
今度は
いい匂いがしてきた
「……何?」
匂いの方を見ると
食べ物を売る屋台が
いくつも並んでいる
串に刺して焼かれた肉
大きな鍋から
湯気を上げるスープ
平たいパンに
肉や野菜を挟んだ物
少し先からは
甘い匂いまでしてくる
「……美味しそう」
足が
止まりそうになる
「違う違う。まずは市場を見るの」
食べちゃ駄目とは
言ってない
後で食べればいい
後で
さらに歩くと
装備を身につけた
冒険者らしい人たちが
増えてきた
並んでいる物も
少し変わる
干し肉
硬い黒パン
乾燥果物
縄
水袋
火打石
マッチ
簡単な調理道具
補修用の布や紐
どれも
旅をしていた時に
見慣れた物ばかり
「……これには苦労したわね」
火打石は
火をつけるまでが面倒
現地のマッチも
一度擦ったくらいじゃ
つかないことがある
何度か使って
早々に諦めた
自分用は
通販で買った物を使っていた
便利な物を
買えるんだから
使わない理由もない
「火起こし道具か……」
現地のマッチの値段を
覚えておく
その隣では
冒険者が
縄を手に取って
強く引っ張っていた
太さを見て
編み目を確認して
また別の縄を手に取る
別の男は
水袋の口を
何度も開け閉めしている
「旅道具ねぇ……」
私も
ここまで旅してきた
地面に座るのが
嫌だった日もある
保存食を食べながら
もう少し美味しい物が
食べたいと思ったこともある
旅に出る前なら
気づかなかったかもしれない
でも
今なら
自分が欲しかった物が
いくつか思い浮かぶ
「覚えとこ」
もう少し進むと
今度は
野菜や肉
布や日用品を扱う店が
多くなった
買い物をしているのは
この街で暮らしているらしい
女性たちが多い
野菜を手に取って
値段を見る
隣の店も見る
布を広げて
厚さを確かめる
「毎日使う物だもの。そりゃ値段も見るわよね」
その中には
旅の途中でも見た
石鹸モドキも並んでいた
洗うことはできる
でも
私の知っている石鹸とは
かなり違う
手に取って
値段を見る
「このくらいね」
少し離れた店には
もっと質のいい石鹸も
置かれていた
こっちは
値段が一気に上がる
「結構するわねぇ」
石鹸モドキなら
普段使いできる
でも
上等な石鹸となると
ちょっとした贅沢品
「なるほど」
二つの値段を
覚えておく
その先には
髪飾りや
小さな袋を売る店もあった
「あら」
自然と
足が向く
木を削った髪飾り
金属の留め具
色のついた紐
石や玉を飾った物
袋は
革や布で作られた
実用的な物が多い
刺繍の入った物もある
「へぇ……」
刺繍自体は
別に珍しくない
でも
模様の大きさや
入れる場所
色の使い方は
私がセレナで作った物とは
少し違う
「私が作るのとは、雰囲気が違うわね」
良い悪いじゃない
感覚が違う
だからこそ
見ていて面白い
髪飾りを手に取って
値段を見る
隣の物も見る
素材も
作りも
少しずつ違う
「これは見てて飽きないわね」
危うく
普通に買い物を
始めそうになる
いけない
今日は
見る方
その後も
市場を歩いた
何があるのか
いくらなのか
誰が買っているのか
難しく考えすぎず
気になったものを
見ていく
冒険者が
保存食をまとめて買う
旅装の男が
小さな道具を選ぶ
女性たちが
野菜や日用品の値段を
見比べる
バルドと一緒にいた時も
商売は見てきた
でも
今日は
私が売るために
私が見ている
それだけで
同じ市場でも
少し違って見えた
市場の入口へ戻る頃には
随分歩いていた
改めて
露店の並びを見る
屋台を構えている店
木箱を台代わりにしている店
地面に布を敷いて
その上に商品を並べている店
「……あれなら私にもできそうね」
最初から
立派な店なんて
必要ない
まずは
一日
自分で売ってみる
それでいい
「さて」
私は
さっきから
ずっと気になっていた方へ
顔を向けた
焼いた肉の
いい匂い
「……もういいわよね」
我慢していた
串焼きの屋台へ向かう
「おじさん、それ一つちょうだい」
「あいよ!」
串焼きを受け取って
一口
「ん、美味しい」
熱々の肉を食べながら
市場を歩く
こういうのも
悪くない
《麦穂亭》へ戻り
部屋へ入る
椅子に座って
スマホを取り出す
「さて……」
通販を開く
見慣れた画面
今日は
自分のための買い物じゃない
売る物を
探してみる
市場で見た
保存食
火起こし道具
縄や水袋
石鹸モドキ
髪飾り
小袋
それから
自分が旅をしていて
不便だったこと
欲しかった物
「せっかくなら、こっちにない物も探してみたいわね」
現地にもあるけど
もっと使いやすい物
こっちにはない
便利な物
私自身が
旅の途中で
欲しいと思った物
それを
少しずつ試してみる
「最初なんだし、色々売ってみるのもありよね」
何が売れるかなんて
まだ分からない
だったら
最初から
一つに絞る必要もない
検索欄へ
指を伸ばす
何を売るか
いくらで売るか
考えることは
いっぱいある
でも
不思議と
嫌じゃない
むしろ
ちょっと
ワクワクしている
「さーて、何から探そうかしら」
私の
最初の一人商売
その商品探しが
始まった




