第18話 私の商品
カルム村を出て
四日
すっかり見慣れた
荷馬車の上から
私は
道の向こうに広がる
果樹畑を眺めていた
「わぁ……」
道の両側に
低い木が
ずらりと並んでいる
枝には
赤や黄色に色づいた実
収穫している人たちの姿も
ちらほら見える
見たことのない果物ね
近くの木になっている実へ
《鑑定》
《ラナの実》
温暖な地域で栽培される果実
熟すにつれて
赤から黄色へ色づく
甘味とわずかな酸味があり
生食のほか乾燥させて保存されることも多い
どんな味なのかしら
そのまま実を眺めていると
「食いたいのか」
「え?」
「さっきから見てるだろ」
「あら、分かる?」
「分かる」
「だって初めて見る果物なのよ。気になるじゃない」
「村で売ってる」
「じゃあ後で見てみましょう」
荷馬車は
そのまま果樹畑の間を
進んでいく
「ここがセレナ?」
「ああ」
「果物の村なのね」
「この辺りじゃ一番多いな」
村へ近づくにつれ
果物を積んだ荷車と
すれ違うようになった
籠いっぱいの
ラナの実
別の種類の
丸い果物
軒先には
薄く切って乾燥させた物や
小さな実を
丸ごと干した物も並んでいる
ドライフルーツも
あるのね
風に乗って
ほんのり
甘い香りがする
いい村じゃない
荷馬車が
ゆっくりと
セレナ村へ入っていく
カルムより
少し大きい
道を行き交う人も多く
村の中にも
果物を積んだ籠や荷車が
あちこちに見える
「思ったより賑やかね」
「街が近いからな」
「ああ、そうか」
セレナを出れば
次はいよいよ
大きな街
その影響も
あるのかもしれない
そんなことを考えていると
バルドが
荷馬車を止めた
「降りろ」
「はーい」
いつものように
まずは行商の許可を――
「今日はお前がやれ」
「え?」
振り返る
バルドは
荷馬車の手綱を持ったまま
こっちを見ていた
「何を?」
「全部だ」
「全部!?」
思わず
声が大きくなる
「許可も?」
「ああ」
「場所を決めるのも?」
「ああ」
「並べる商品も私が決めていいの?」
「ああ」
「……本当に全部任せる気ね」
「そう言ってる」
ここまで
何度もバルドの横で
商売をしてきた
最初の頃とは違う
今なら
一通りはできる
「分からなきゃ聞け」
「……分かったわよ」
だったら
やってみようじゃない
「あとで文句言わないでよね」
「変なことしなきゃな」
「一言多いのよ!」
まずは
村で行商をするための
許可を取る
使える場所を聞いて
荷馬車を移動させる
選んだのは
村の中心から
少しだけ外れた場所
人通りはある
でも
荷馬車を止めても
邪魔になりにくい
「ここにするわ」
「ああ」
それだけ
バルドは
本当に何も言わない
……本当に任せるつもりなのね
なら
遠慮なくやらせてもらいましょう
荷物を降ろして
商品を並べていく
カルムで仕入れた
木の器や匙
乾燥薬草
それから
これまでの村で仕入れた商品も
いくつか
全部は出さない
この村で使われそうな物
これまで
よく動いていた物
今ここで出しても
動きにくそうな物は少なめに
一通り並べ終えて
最後に――
「…………」
《収納》から
三つの巾着を取り出す
葉っぱ
花
木の実
カルムで作った
私の商品
小物を並べた一角に
三つ並べてみる
「……いいじゃない」
思っていたより
ちゃんと
商品に見える
一つ250G
値段は
もう決めてある
これでよし
「緊張してんのか」
「してないわよ」
「そうか」
「……ちょっとだけよ」
「見りゃ分かる」
「だったら最初から聞かないでよ!」
バルドが
鼻で笑った
腹立つわね
でも――
やっぱり
少しだけ緊張する
今までだって
商品は何度も売った
お金も受け取ったし
客とも話した
でも
これは
バルドが仕入れた商品じゃない
私が考えて
私が作って
私が値段を決めた物
同じ店先に並んでいるのに
なんだか
全然違って見える
しばらくすると
少しずつ客が
集まり始めた
「これはいくらだ?」
「そっちの木皿は320Gよ」
「薬草は?」
「種類によって違うわ。どれが欲しいの?」
一人ずつ
いつも通りに対応する
最初は
少しだけバルドを
意識していたけど
忙しくなると
そんな余裕もなくなった
商品を渡して
代金を受け取って
必要なら
釣りを返す
受け取ったお金は
いつもの売上箱へ
そうしているうちに――
「あの」
声をかけられた
顔を上げる
若い女性が
店先にしゃがんでいる
その手には――
花の刺繍を入れた
巾着
来た
「これも売り物?」
「ええ」
なるべく
いつも通りに答える
「私が作ったの。小銭とか、小物を入れるのに使えるわよ」
「この花も?」
「それも私」
「へぇ……可愛い」
「でしょう?」
駄目だ
ちょっと
顔が緩む
「こっちの葉っぱも同じ値段?」
「ええ。どれも250Gよ」
「じゃあ……これください」
女性が選んだのは
花の巾着
「はい、250Gね」
代金を受け取る
いつも通り
売上箱へ入れる
たった
それだけ
なのに
「…………」
なんだろう
いつもと
ちょっと違う
「ありがとう。大事に使うね」
「ええ、ありがとう」
女性が
巾着を持って
離れていく
その背中を
つい
見送ってしまった
売れた
私が作った物が
売れた
「…………ふふ」
やばい
ちょっと嬉しい
いや
ちょっとじゃないわね
かなり嬉しい
「顔」
「何よ」
「緩んでるぞ」
「うるさいわね!」
いいじゃない
嬉しいんだから!
それから
しばらくして
今度は
年配の女性が
葉っぱの巾着を手に取った
「これ、小銭は入るかい?」
「入るわよ。紐を絞れば口もしっかり閉じられるわ」
「じゃあ、一つもらおうかね」
「ありがとう!」
二つ目
残るのは
木の実の巾着だけ
その後も
何人かが手に取った
刺繍を見る人
裏返して
縫い目を見る人
大きさを確かめる人
値段を聞いて
少し考えてから
戻す人もいた
私は
他の商品を売りながら
なんとなく
その様子が
気になってしまう
そして
昼を少し過ぎた頃
「これ、ください」
小さな声がした
見ると
母親らしい女性と一緒にいる
女の子が
木の実の巾着を
両手で持っていた
「あら、それがいいの?」
「うん」
母親が
巾着を見る
「いくらだい?」
「250Gよ」
「お母さん、これがいい」
「はいはい」
母親が
笑いながら
お金を出す
「じゃあ、これを」
「ありがとう」
受け取った250Gを
売上箱へ入れる
そして
女の子へ
巾着を渡す
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
「いっぱい使ってね」
「うん!」
嬉しそうに
巾着を抱えていく
その姿を見送って
私は
店先を見る
そこにはもう
巾着は
一つも残っていなかった
「…………」
三つ
全部売れた
一つ250G
合わせて750G
金額だけなら
バルドの商品を売っていれば
もっと大きなお金が
動くこともある
でも
この750Gは
なんだか
それとは全然違って感じる
「全部売れたわ」
「ああ」
「全部よ?」
「見てた」
「もうちょっと何かないの?」
「売れて良かったな」
「…………」
思わず
バルドを見る
「何だ」
「アンタ、そういうこと言えるのね」
「何だと思ってんだ」
「無愛想な商人」
「喧嘩売ってんのか」
でも
ちょっとだけ
嬉しくなったじゃない
その日の商売を終え
売上を確認して
商品を片付ける
三つの巾着の750Gも
いつも通り
売上箱へ入れておく
空になった
巾着の置き場所を見る
三つとも
売れた
だったら――
「ねえ、バルド」
「なんだ」
「ちょっと買い物行ってくるわ」
「何買うんだ」
「材料よ」
カルムでは
売り物にならなくなった
半端物を使った
でも
三つとも売れた
それなら今度は
自分で材料を選んで
もう少し作ってみたい
「巾着も増やしたいし、別の物も試してみたいのよ」
「そうか」
「預かってるお金、使っていい?」
「好きにしろ」
「一応聞いただけよ」
腰につけていた
小さな革袋を確かめる
「じゃ、行ってくるわ」
「ああ」
一人で
村の中へ向かう
さて
どんな物を
作ろうかしら
――
買ってきたのは
巾着に使えそうな布
刺繍用の糸
細めの紐
それから
小さな髪飾りにも使えそうな
端切れをいくつか
宿へ戻ってから
さっそく
作ってみる
まずは
今日と同じくらいの
小さなワンポイントの巾着
葉っぱ
小さな花
木の実
それから
少しだけ
刺繍を増やした巾着も作る
派手にはしない
小さな花と葉
細い蔓のような模様
普段使いできる範囲で
ほんの少しだけ
華やかに
「こんなものかしら」
そして
もう一つ
細い紐と布を使って
小さな髪飾りも作ってみる
大きなリボンでも
派手な飾りでもない
髪をまとめる紐に
小さな布の花を一つ
これくらいなら
仕事中でも使えるでしょう
出来上がった物を
一つずつ並べてみる
「……悪くないわね」
最初より
種類も増えた
でも
作りすぎてはいない
まずは
これくらいでいい
――
翌日
昨日と同じ場所に
商品を並べる
もちろん
私が作った物も一緒に
小さな巾着
少し華やかな巾着
小さな髪飾り
店を開けば
今日も
少しずつ人が集まってくる
そして――
「あ、昨日もあった袋だ」
さっそく
一人の女性が
巾着を手に取った
「今日は少し増やしたのよ」
「こっち、昨日と模様が違うね」
「ええ。好きなの選んで」
昨日と同じように
小さな巾着は
少しずつ売れていく
少し華やかな方も
若い女性が
何度か刺繍を眺めてから
一つ買っていった
髪飾りも
一人の女性が
自分の髪に当てて
「これなら仕事の時でも使えそう」
そう言って
一つ選んだ
悪くない
ちゃんと
売れている
でも――
全部が
同じように売れるわけじゃない
手に取って
すぐに買う人
二つを比べて
片方だけ選ぶ人
しばらく見たあと
元の場所へ戻す人
私は
他の商品を売りながら
その様子を
なんとなく目で追っていた
夕方
客足が落ち着いた頃
店先には
まだいくつか
私の商品が残っていた
「…………」
昨日は
三つ全部売れた
今日は
数を増やした
種類も増やした
そして
売れた物と
残った物がある
私は
残った商品を
一つずつ見る
同じ巾着でも
こっちは早かった
こっちは
何度か手に取られたのに
残っている
髪飾りも
売れた物と
残った物がある
頭に浮かぶのは
今日の客たち
どんな人が
どの商品を手に取ったか
どれと
どれを比べていたか
何を買って
何を戻したか
色
模様
大きさ
使い道
それから――
誰が
それを選んだのか
「……面白いわね」
思わず
口から出た
「何がだ」
隣で
荷物を片付けていた
バルドが聞く
「同じような物でも、選ばれ方が全然違うのね」
「当たり前だ」
「ええ。分かってるわよ」
分かってはいる
仕事だって
商品だって
相手が違えば
求めるものも違う
でも
実際に
自分で作って
自分で並べて
目の前で
選ばれる物と
戻される物を見ると
やっぱり違う
「…………」
残った巾着を
一つ手に取る
これを見ていたのは
どんな人だった?
こっちを買ったのは?
あの人は
何と何を比べていた?
思い返してみれば
少しずつ
見えてくるものがある
「ねえ、バルド」
「なんだ」
「もう一回、作ってみるわ」
「そうか」
「今度はちょっと変えてみる」
「やってみろ」
「ええ、そのつもり」
売れたから
それで終わりじゃない
残ったから
駄目でもない
見て
考えて
変えてみる
それで
次はどうなるのか
「……ふふ」
なんだか
楽しくなってきたじゃない




