第16話 普通の《鑑定》
翌朝
目を覚ますと
焚き火の向こうに
バルドが座っていた
身体を起こすと
バルドが
ちらりとこっちを見る
「起きたか」
「おはよう」
「ああ」
立ち上がって
身体を伸ばす
昨日は
たった二時間だったのに
思っていたより
疲れた
ずっと座って
火を見て
周囲の音を気にする
何かあれば
すぐに動けるようにしておく
やってみるまで
あれが結構疲れるなんて
分からなかった
「ちゃんと寝た?」
「ああ」
「何時間?」
「知らん」
「…………」
じっと見る
「何だ」
「またちょっとしか寝てないんじゃないでしょうね」
「昨日よりは寝た」
「本当?」
「ああ」
「……なら、まあいいけど」
少なくとも
私が二時間やった分は
今までより寝られたはずだ
完全には
納得してないけど
今日は
それで良しとしましょう
簡単に朝食を済ませ
野営の跡を片付ける
荷馬車へ乗り込み
再び
カルムへ向けて出発した
昨日より
街道の周りに
木が増えている
最初は
遠くに見えるだけだった森も
昼頃には
かなり近くまで
迫っていた
「森が近くなってきたわね」
「カルムが近いからな」
「木材が多いって言ってたものね」
「ああ」
街道を進んでいると
木材を積んだ荷車と
何度かすれ違った
太い丸太
綺麗に切り揃えられた板
枝を束ねたもの
さらに進むと
道の脇に
小さな白い花をつけた草が
まとまって生えていた
「ねえ、あれも薬草だったりする?」
「知らん」
「あら」
「何でも薬草に見えるのか」
「だってカルムの近くでしょう?」
「だからってその辺の草が全部薬になるか」
「それもそうね」
ごもっとも
でも
気になる
荷馬車が
休憩のために止まった時
私はさっきと同じ草を
道端で見つけた
小さな白い花
細長い葉
見覚えはない
ラーニアで
エッダに教えてもらった物とも
違うと思う
――なら
《鑑定》
意識を向ける
《リセ草》
森林やその周辺に生える多年草
葉にはわずかな苦味があり
乾燥させることで香りが強くなる
主に肉料理の香草として利用される
煮出した汁は
軽い喉の痛みを和らげるために
利用されることもある
「へぇ……」
薬草っていうより
ハーブに近いのかしら
料理にも使えて
喉にも使う
そういう物もあるのね
「何してる」
「見てただけよ」
私は立ち上がる
詳しいことは
カルムに着いてから
聞けばいい
その日の夕方
街道から少し離れた場所で
野営することになった
馬を休ませ
荷馬車を止め
魔物避けを確認する
薪を集めて
火を起こして
夕食を作る
もう
この辺りは
随分慣れた
食事を終え
片付けも済ませる
「先に寝ろ」
バルドが言った
「今日はアンタが先に寝なさいよ」
「何でだ」
「私が先に寝たら、アンタ起こさないでしょう?」
「…………」
「ほら」
「何がだ」
「今の間よ」
「知らん」
「絶対起こす気なかったじゃない!」
「うるせぇな」
「いいから先に寝る!」
「……二時間だぞ」
「分かってる」
バルドから
懐中時計を受け取る
「何かあったら――」
「すぐ起こす。勝手に見に行かない。火を消さない」
「…………」
「昨日聞いたわよ」
「ならいい」
「はい、おやすみ」
追い払うように
手を振る
バルドは
しばらく私を見ていたけど
やがて
諦めたように
横になった
私は
焚き火の前に座る
昨日よりは
少しだけ気が楽だった
暗いのは変わらない
物音もする
でも
何かあれば
バルドを起こせばいい
そう分かっているだけで
随分違う
薪を一本
火へ入れる
パチッと
火の粉が弾けた
「…………」
静かね
昨日は
周りの音が
全部気になって仕方なかったけど
今日は
少しだけ
余裕がある
ふと
昼間に見た
白い花を思い出した
カルムでは
ああいう物も
売ってるのかしら
料理に使うなら
ちょっと見てみたい
こっちの香草
日本で使っていた物と
似た味の物があれば
料理の幅も広がりそう
「乾燥させると香りが強くなって、肉料理にも使える……喉にも使えるのねぇ」
改めて考えると
《鑑定》って
結構詳しく出るのよね
「……お前」
「ひゃっ!?」
突然声がして
肩が跳ねる
振り返ると
バルドが
横になったまま
こっちを見ていた
「何よ! 寝てなさいよ!」
「それ、《鑑定》で見たのか?」
「え? そうだけど」
「……お前の《鑑定》、随分詳しく出るんだな」
「え?」
今度は
私が黙る番だった
「詳しいって?」
「そのままだ」
「《鑑定》って、結構詳しく出るものでしょう?」
「人による」
「…………人によるの?」
身体ごと
バルドの方へ向く
「見える物も違えば、どこまで分かるかも違う」
「同じ《鑑定》なのに?」
「ああ」
「道具に強い奴もいりゃ、植物に強い奴もいる」
「へぇ……」
「お前みたいに色々見た上で、そこまで詳しく出る奴は少ねぇ」
「…………」
初耳なんだけど
「じゃあ私の《鑑定》って……」
「かなり使える方だろうな」
「…………」
ウールシープ
羊毛
食べ物
植物
道具
そういえば
今までにも
色々な物を見てきた
でも
他の人の《鑑定》と
比べたことなんて
一度もない
「……私、普通だと思ってたんだけど」
「比較する奴がいなきゃ分からんだろうな」
「そこなのよ!」
比較する相手なんて
今まで
いなかったんだから
「じゃあ、あんまり使わない方がいいの?」
「いや」
「あら」
「使う分には好きにしろ」
「いいの?」
「ああ」
バルドが
焚き火へ薪を一本入れる
「ただ、どこまで見えてるかは言いふらさねぇ方がいい」
「詳しく見えることを?」
「ああ」
「なんで?」
「便利なスキルは、それだけで欲しがる奴がいる」
「欲しがるって……人を?」
「雇いたがる奴もいる。利用しようとする奴もいる。面倒なのに目ぇつけられることもある」
「なるほどね」
別に
《鑑定》を使うことが
問題なわけじゃない
見えた内容を
いちいち隠す必要もない
ただ
どこまで詳しく見えているのか
それを
わざわざ人に教えて回る必要はない
「分かった。今まで通り使えばいいのね」
「ああ」
「でも、詳しく見えることは黙っておく」
「そうしとけ」
「それなら簡単ね」
「あと」
「まだあるの?」
「人に勝手に使うなよ」
「使ったことないわよ?」
「ならいい」
「それくらいは分かるわよ。勝手に人の情報見るなんて失礼でしょう?」
「分かってんならいい」
「何だと思ってるのよ、私を」
「この国の常識を知らねぇ奴」
「…………」
まあ
それはそうなんだけど
「《鑑定》って奥が深いのねぇ」
「スキルなんてそんなもんだ」
「他のスキルも人によって違うの?」
「ああ」
「《収納》も?」
「当然だ」
「…………」
それは
ちょっとまずい気がする
私の《無限収納》は
普通の《収納》じゃない
容量は多分――
というか
名前通りなら
無限
時間も止まる
バルドには
普通の《収納》として
通しているけど
「…………」
「何だ」
「何でもないわ」
危ない危ない
《鑑定》だけじゃなく
《収納》も
余計なことは
言わない方が良さそうね
「……アンタ」
「何だ」
「こういうこと、他にもあるなら早めに教えてよね」
「何が分からねぇのか分からん」
正論
私が何を知らないのか
バルドには
分からない
逆に
バルドが当たり前だと思ってることが
私には
当たり前じゃない
「……難しいわね」
「何がだ」
「この国の常識」
「そうか」
「他人事ねぇ」
「俺には常識だからな」
「それもそうね」
私は
懐中時計を開く
「あ」
もうすぐ
二時間
「そろそろ二時間ね」
「ああ」
懐中時計を閉じる
「でも途中で起こしちゃったし、もう少し私がやるわ」
「いい」
「でも――」
「まだ慣れてねぇ奴が無理してやるもんじゃねぇ」
「二時間くらい平気よ」
「昨日疲れたんだろ」
「…………」
何で分かるのよ
「顔に出てる」
「読まないでくれる?」
「寝ろ」
「でもアンタだって――」
「俺は慣れてる」
「それ昨日も聞いた」
「なら分かるだろ」
「…………」
言いたいことはある
この人が
慣れているからって
疲れないわけじゃない
それは昨日
分かったばかりだ
でも
私が無理をして
明日の移動で
動けなくなったら
それこそ意味がない
「……分かったわよ」
懐中時計を差し出す
「はい」
「ああ」
受け取ったバルドと
入れ替わるように
私はマットへ向かった
「次はもうちょっと長くやるからね」
「慣れたらな」
「言ったわね?」
「寝ろ」
「はいはい」
マットへ横になる
目を閉じながら
昼間見た
《鑑定》の文字を思い出す
今まで
便利だから
普通に使っていた
それは
これからも変わらない
ただ
自分にどこまで見えているのかは
わざわざ教える必要はない
スマホも
《無限収納》も
そして
《鑑定》も
便利だからこそ
使い方は
考えた方がいいらしい
翌朝
再び荷馬車を走らせると
森はさらに近くなった
途中
籠を背負った人たちと
何度かすれ違う
籠の中には
葉や茎
見たことのない花が
いくつも入っていた
「薬草かしら」
「だろうな」
視線を向け
その一つを
《鑑定》する
《ミナ草》
森林の日陰に多く生える植物
葉を乾燥させ
煮出したものは
腹痛を和らげるために利用される
強い苦味を持つ
へぇ
エッダに教えてもらった物とは
また違う薬草ね
「何か分かったか」
「腹痛に使う薬草みたいよ」
「そうか」
それだけ伝えて
もう一度
籠へ目を向ける
使うのは
今まで通り
ただ
私の《鑑定》が
どれだけ詳しく見えているのかまでは
わざわざ教えなくていい
そう考えれば
別に難しいことでもなかった
そして
昼を少し過ぎた頃
「見えてきたぞ」
バルドの声に
前を見る
森の切れ目に
いくつもの屋根が見えた
村へ近づくほど
風に混じる匂いが
変わっていく
木の匂い
切ったばかりみたいな
少し青い香り
さらに
荷馬車が村へ入ると
コンッ
コンッ
どこかから
木を叩く音まで
聞こえてきた
家の横には
丸太が積まれ
板を乾かしている場所もある
その向こうでは
籠いっぱいに
草を運んでいる人もいた
木材と薬草の村
「ここがカルム?」
「ああ」
私は
村の中を見回す
木材
木工品
薬草
見たことのない物が
いくつもある
調べたいし
聞いてみたい
それに
《鑑定》で分かることと
ここで実際に
木や薬草を扱っている人が知っていること
きっと
それも同じじゃない
「何してる。行くぞ」
「あ、待ちなさいよ!」
バルドの荷馬車は
木の香りが漂う
カルム村の中へ進んでいく
さて
今度は
何があるのかしら――




