第15話 火の番
ベルネでの商売は
それから二日続いた
ローデンとは
売れる物も少し違う
街道沿いということもあって
村の人だけじゃなく
旅人が店を覗くこともあった
「塩を一袋もらえるか」
「450Gね」
代金を受け取り
塩の入った小袋を渡す
このくらいなら
もうバルドに聞く必要もない
別の客は
荷物を括るための丈夫な紐を買い
旅の途中らしい男は
火を起こすための火口を手に取った
「これ二つ」
「二つね」
商品を渡して
硬貨を受け取る
少しすると
今度は村の女性が
木で作られた小さな櫛を手に取った
「あら、それ買うの?」
「娘にね。今使ってるのが欠けちまって」
「それなら、こっちも見てみる?」
私は隣にあった
もう一つの櫛を手に取る
同じ木製だけど
最初の物より
歯が細かい
「髪が細いなら、こっちの方が使いやすそうよ」
「そうなのかい?」
女性が
二つの櫛を見比べる
「こっちは600Gよ」
「じゃあ、こっちにしようかね」
「毎度あり」
女性を見送りながら
ちょっとだけ
嬉しくなる
こういう物なら
私も選ぶのを手伝える
他にも
木の匙や
小さな革袋
服や鞄に使う留め具なんかが
少しずつ売れていった
ローデンでは
針や糸を買う人が目についたけど
場所が変われば
欲しがる物も変わる
それを見るのも
少し面白い
最初の頃みたいに
客が来るたび
いちいち身構えることもなくなった
分からない物はバルドに聞く
値段が分からなければ確認する
勝手に判断しない
でも
一度覚えた物なら
自分で会計できるし
自分に分かることなら
客に提案することもできる
少しずつだけど
店に立つことにも
慣れてきた気がする
仕入れもした
ベルネで採れる麦や豆
それに
保存の利く物をいくつか
ただし
最初に私が考えたように
安いからと大量に買うわけじゃない
次に向かう場所
そこまでの道のり
他に積んでいる商品
売れる見込み
バルドはそれらを見ながら
必要な分だけを選んでいた
ローデンの時みたいに
仕入れの一つ一つを
ずっと横から眺めているわけでもなくなった
その代わり
私は店を見たり
荷物を運んだり
頼まれれば
村へ買い物に行ったりする
いつの間にか
革袋を腰につけて歩くのにも
慣れてしまった
中身は相変わらず
私のお金じゃないけどね
そして――
ベルネを発つ朝
「お世話になりました」
宿を出て
荷馬車へ乗り込む
「次はカルム村だったわよね?」
「ああ」
「今度は何日?」
「三日」
「三日? 案外近いのね」
「近いか?」
「ローデンまで六日だったでしょう? それに比べたらね」
口にしてから
自分でも少し驚く
少し前までなら
三日も荷馬車に揺られると聞けば
長いと思っていたはずなのに
野宿をして
村に着いて
また次の村へ向かう
そんな旅の感覚に
私も少しずつ
慣れてきたのかもしれない
「感覚おかしくなってんな」
「失礼ね。慣れてきたって言いなさいよ」
「同じだろ」
「違うわよ!」
バルドが
手綱を動かす
荷馬車が走り出し
ベルネの麦畑が
ゆっくりと後ろへ流れていった
ベルネを離れるにつれて
景色は少しずつ変わっていく
広がっていた畑が減り
代わりに
木々が増えてきた
「カルムってどんな村なの?」
「森に近い村だ」
「へぇ」
「木材と薬草が多い」
「薬草?」
その言葉に
ラーニア村のエッダを思い出す
別れ際
こっそり薬まで入れてくれていた
あのツンデレお婆ちゃん
私は腰に下げた鞄へ
軽く触れた
「薬師もいるの?」
「いる」
「そっか」
エッダも
ラーニアの近くで採れる薬草を使って
薬を作っていたりするのかしら
ラーニアにいた時も
エッダに
薬草について聞いたことはある
熱を下げるもの
傷に使うもの
お腹の調子を整えるもの
いくつか名前や使い道を
教えてもらった
でも
私が知っているのは
その程度だ
どこに生えているのか
どうやって見分けるのか
薬にするまでに
どんな処理が必要なのか
詳しいことまでは知らない
薬草そのものは
異世界ものでは
定番中の定番
薬にしたり
冒険者が採取したり
依頼で集めたり――
そんなイメージはあるけど
この世界でも
同じとは限らない
「カルムでは薬草ってどうしてるの?」
「物による。乾かして売るのもあるし、そのまま使うのもある」
「薬師以外も買うの?」
「ああ。種類によっちゃ料理に使う奴もいる」
「へぇ、それは見てみたいわね」
薬になるもの
そのまま使うもの
食べられるもの
エッダから少し聞いただけでも
色々あった
カルムなら
ラーニアでは見なかった薬草も
あるのかもしれない
ちょっと
楽しみになってきた
その日は
特に問題もなく進んだ
途中で馬を休ませ
私たちも
軽く腹に入れる
夕方になると
街道から少し外れた場所で
野営の準備を始めた
馬を休ませ
荷馬車を止め
魔物避けを確認する
私は薪を集め
バルドが火を起こす
最初は
何をすればいいのか分からず
いちいち聞いていた野営も
今では
それなりに動けるようになった
「これくらい?」
薪を置く
「ああ」
「じゃあご飯作るわね」
「頼む」
今日も
干し肉と野菜を使って
簡単なスープを作る
最初の野宿では
夕食一つ作るにも
あれこれ考えていたけど
これも随分
慣れてきたものね
夕食を済ませ
後片付けをして
身体を拭く
あとは寝るだけ
私は《無限収納》から
マットを取り出した
地面へ広げ
その上に横になる
「はぁ……」
やっぱり
これ買って正解だったわ
最初の野宿と比べれば
天国よ
クッションの位置を整えていると
焚き火の向こうで
バルドが座った
「寝ろ」
「はいはい」
いつもの言葉
私は目を閉じる
――けれど
しばらくして
ふと
目が覚めた
どれくらい寝たのかは分からない
焚き火は
まだ消えていない
夜の森は静かで
時々
薪が弾ける音だけが聞こえる
身体を起こそうとして――
やめた
焚き火の向こう
バルドが
まだ座っている
「…………」
起きてる
まあ
まだ夜も
それほど深くないのかもしれない
そう思って
もう一度
目を閉じようとした
――いや
ちょっと待ちなさいよ
最初の野宿でも
この人
私に「寝ろ」って言ったわよね
朝起きた時
確かに聞いた
『……アンタ寝た?』
『ああ』
そう答えた
でも
いつ寝たの?
あの時は
初めての野宿で
私も疲れていた
気づかなかっただけかもしれない
それからも
朝になれば
バルドが先に起きていることばかりだった
「…………」
嫌な予感がする
私は
そのまま目を閉じた
寝たふりをする
少し経っても
バルドは動かない
火に薪を足す
周囲を見る
また座る
さらに待つ
寝ない
「…………」
この爺さん
さらにしばらく待ってみる
それでも
横になる気配すらない
「ねえ」
「起きてたのか」
「起きてたのか、じゃないわよ」
身体を起こす
バルドが
こちらを見る
「アンタ、いつ寝るの?」
「あとで寝る」
「あとでって?」
「あとだ」
「…………」
怪しい
ものすごく怪しい
私は
じっとバルドを見る
「何だ」
「アンタ、あの時寝たって言ったじゃない!」
「ああ」
「いつよ!」
「お前が起きる前」
「どれくらい?」
「少しだ」
「それ仮眠でしょうが!」
「仮眠はした」
「仮眠してんだから寝てただろ」
「屁理屈!!」
思わず
夜の森に声が響いた
「声落とせ」
「誰のせいよ!」
「魔物寄ってきても知らねぇぞ」
「それは困る」
慌てて声を落とす
危ない危ない
いや
そうじゃなくて!
「もしかして今までずっと?」
「何がだ」
「私が寝てる間、火の番してたの?」
「ずっとじゃねぇ」
「じゃあいつ寝てたのよ」
「お前が起きる少し前とかだ」
「それほとんど寝てないじゃない!」
「寝てる」
「仮眠でしょうが!」
また声が大きくなりかけて
慌てて口を押さえる
もう!
「なんで起こさなかったのよ」
「お前に夜番させられるか」
「なんでよ」
「最初の野宿で何してた」
「…………」
何してたっけ
火を起こして
ご飯を作って
寝床に文句を言って――
「野宿初心者だったわね」
「自分で分かってんじゃねぇか」
「でも今は違うでしょう?」
「少し慣れただけだ」
「十分よ」
「何か来たらどうする」
「起こす」
「判断できんのか」
「分からなかったら起こす!」
バルドが黙る
私も引かない
「それにアンタ、今まで一人でやってたんでしょう?」
「ああ」
「だったら私が起こしたって、すぐ対応できるじゃない」
「……寝てる奴を当てにすんな」
「一人で全部やろうとする人に言われたくないわよ!」
これは
さすがに
譲る気はなかった
「アンタ一人でずっとやってたら身体壊すわよ」
「このくらいで壊れねぇ」
「そういうこと言ってる人が一番危ないのよ」
「年寄り扱いすんな」
「六十過ぎでしょうが!」
「お前より旅には慣れてる」
「それと睡眠は別!」
「うるせぇな」
「心配してるの!」
言ってから
少しだけ
静かになった
バルドが
焚き火を見る
私は
その横顔を睨む
やがて
バルドが
小さく息を吐いた
「……分かった」
「あら」
思ったより早い
「何よ」
「いや、もう少し揉めるかと思って」
「寝るぞ」
「ちょっと!」
立ち上がったバルドが
私の横を通り過ぎる
「二時間したら起こせ」
「二時間って……どうやって測るのよ」
村にいる時なら
教会の鐘が
時間を知らせてくれる
でも
こんな街道の途中に
鐘なんてあるはずもない
「星でも見るの?」
「ああ」
「私に分かるわけないでしょうが!」
「だろうな」
「じゃあどうするのよ」
バルドが
少し考える
「……仕方ねぇな」
荷物の中へ手を入れ
何かを取り出した
「ほら」
「何?」
手渡されたのは
手のひらに収まる
丸い金属の塊
蓋を開ける
「…………」
文字盤
針
どう見ても――
「懐中時計!?」
「そうだが」
「持ってたの!?」
「ああ」
「じゃあ最初から出しなさいよ!」
「必要なかった」
「今まで時間どうしてたのよ!」
「見りゃ大体分かる」
「何を!?」
「空」
「野生児!?」
「商人だ」
「商人って空見ただけで時間分かるの!?」
「長く旅してりゃ嫌でも分かる」
「そんなものなの……?」
私には
まださっぱり分からない
改めて
手の中の懐中時計を見る
派手な宝石が
ついているわけじゃない
けれど
金属の蓋には
細かな模様が彫られ
縁の細工も
丁寧に仕上げられている
文字盤の針も細く
全体的に
作りが綺麗だ
この世界の時計が
どれくらいするのかなんて
私は知らない
それでも――
「……これ、結構いい物じゃない?」
「そうかもな」
「そうかもなって、自分のでしょう?」
「昔買った」
「いくらしたの?」
「忘れた」
「絶対嘘」
「壊すなよ」
「話逸らしたわね?」
「二時間だ」
「はいはい」
まったく
こういう時だけ
口が堅いんだから
どういう経緯で買ったのかは
知らないけど
バルドが長く商人をしているのは
確かだ
仕事で必要になって
買ったことでもあるのかもしれない
「何かあったらすぐ起こせ」
「分かってる」
「勝手に見に行くな」
「それも分かってる」
「火ぃ消すなよ」
「分かってるって!」
「本当に分かってんのか」
「今まで一人でやってたんでしょう? だったら少しくらい私を信用して寝なさいよ!」
バルドが
何か言いたそうに
こちらを見る
けれど
結局何も言わず
横になった
私は
焚き火の前へ移動する
夜の森を見る
暗い
当たり前だけど
本当に暗い
焚き火から少し離れれば
何があるのか
ほとんど見えない
さっきまで
バルドが座っていた場所
そこへ自分が座ると
急に
周囲の音が気になり始めた
葉が揺れる音
虫の声
遠くから聞こえる
何かの鳴き声
「…………」
怖くない
怖くないけど
ちょっと怖い
いや
これは警戒してるだけ
そう
警戒
大事よね
薪を一本
火へ入れる
炎が
少しだけ大きくなる
「……毎晩これやってたのね」
旅に慣れているから
バルドなら大丈夫
どこかで
そう思っていた
でも
慣れているからって
疲れないわけじゃない
私は
眠っているバルドを見る
普段なら
私が何か言えば
すぐに返事が飛んでくるのに
今は静かだ
「……まったく」
世話焼かせるんだから
しばらくして
森の奥で
何かが動く音がした
「…………」
身体が固まる
耳を澄ます
ガサッ
もう一度
「バルド」
小さく呼ぶ
返事はない
「バルド」
今度は
少しだけ声を強める
「なんだ」
すぐに返事が返ってきた
「向こうで音した」
バルドが
すぐに身体を起こす
さっきまで寝ていたとは
思えないくらい早い
音がした方へ目を向け
しばらく
じっと様子を見る
「放っとけ」
「大丈夫?」
「近づいてねぇ」
「そう」
それだけ言うと
バルドは
また横になった
「……よくそれですぐ寝られるわね」
「慣れだ」
「便利な言葉ねぇ……」
私は
もう一度森を見る
勝手に確認しに行かない
分からなかったら起こす
今は
それでいい
時々
預かった懐中時計を確認する
普段なら
教会の鐘を聞いて
何となく時間を知るだけなのに
こうして針が少しずつ動くのを
眺めていると
二時間が
妙に長く感じた
やがて
約束した時間になる
「バルド」
「ああ」
「二時間よ」
バルドが起き上がる
「何もなかったか」
「一回音がしたくらい」
「そうか」
懐中時計を返し
私は
マットへ戻る
横になると
思っていた以上に
身体から力が抜けた
「……疲れるわね、これ」
「寝ろ」
「はいはい」
目を閉じる
最初の野宿では
私は寝て
バルドが起きていた
それがどういうことなのかも
よく分からないまま
任せきっていた
でも
旅にも少し慣れた
火の扱いも
野営の流れも
分からない時に
どうすればいいのかも
少しずつ
覚えてきた
全部一人でできるなんて
まだ言えない
それでも――
任せきりじゃなく
できることくらいは
私もやればいい
焚き火の向こうから
薪の弾ける音がする
次からは
言われる前に
交代してやるんだから――




