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15/21

第14話 場所が変われば値段も変わる


ローデンを出たのは

翌日の朝だった


「お世話になりました」


宿の主人に頭を下げ


荷馬車へ乗り込む


荷台には

昨日仕入れた羊毛や毛糸


それに

羊の干し肉が積まれている


来た時とは

荷物の中身が随分変わった


「次はベルネ村だったわよね?」


「ああ」


「どれくらい?」


「四日だ」


「四日……」


ローデンまで六日


次は四日


最初に聞いた時なら

長いと思っただろうけど


今は――


「まあ、それくらいなら」


「慣れたな」


「慣れたくて慣れたんじゃないわよ」


「そうか」


「もうちょっと労いなさいよ!」


荷馬車が

ゆっくりと走り出す


ローデンの家々が

少しずつ遠ざかっていった


旅そのものにも


少しずつ

慣れてきた


朝に出発して


途中で馬を休ませ


日が落ちる前に

野営できる場所を探す


火を起こして


食事を作って


身体を拭いて


マットを敷いて寝る


最初の野宿では

何をするにも落ち着かなかったのに


今では

次に何をすればいいのかくらいは分かる


もちろん


分かるのと

楽なのは別だけど


「腰痛い……」


「慣れたんじゃなかったのか」


「慣れたって痛いものは痛いのよ!」


クッションがなかったら

どうなっていたことか


本当に買っておいてよかったわ


道中


私は時々

荷台の商品を見るようになった


今までは

ただ箱や袋が積まれているだけに見えていたものが


ローデンで店を手伝ってからは

少し違って見える


「ねえバルド」


「なんだ」


「この羊毛って、どこで売るの?」


「決めてねぇ」


「決めてないの?」


「ああ」


「仕入れたのに?」


バルドが

手綱を握ったまま答える


「売れる場所で売る」


「それはそうでしょうけど」


「次で売ることもあるし、その先まで持ってくこともある」


「ふぅん……」


ローデンで仕入れたから

次の村で売る


そんな単純なものでもないらしい


「じゃあ、ベルネで売れそうになかったら?」


「売らねぇ」


「そのまま持っていくのね」


「ああ」


なるほど


荷物になるからといって

何でもすぐ売ればいいわけじゃない


高く売れる場所があるなら

そこまで持っていく


ただ――


その間ずっと

荷馬車の場所を取る


「難しいわね」


「何がだ」


「どこまで持っていくか」


バルドが

ちらりと私を見る


「そうだな」


珍しく

素直に同意した


だから余計に

難しいんでしょうね


四日間の旅の途中


街道の脇から

小さな魔物が姿を見せたこともあった


遠くに見えただけで

こちらへ近づいては来なかったけど


そのたびに

私は少し身構える


バルドは

いつも通りだった


「行くぞ」


「え、いいの?」


「寄ってきてねぇだろ」


「そうだけど」


「相手にする必要もねぇ」


ごもっとも


魔物を見つけたからといって

戦う必要なんてない


私たちは冒険者じゃない


商品を無事に運ぶ方が

ずっと大事だ


そうして


野営を三度挟み


四日目の昼過ぎ――


「見えてきたぞ」


「どれ?」


荷馬車の先から

身を乗り出す


街道の向こう


広がる畑の間に

家々が見えてきた


ローデンより

少し大きい


その周囲には


一面に

黄金色の穂が揺れていた


「うわぁ……」


思わず声が漏れる


風が吹くたび


畑全体が

波みたいに揺れている


「綺麗ねぇ」


「ベルネは麦が多いからな」


「全部?」


「麦だけじゃねぇ。豆も作ってる」


なるほど


ローデンが羊なら


ベルネは畑なのね


村へ近づくにつれて


街道を行き交う人の姿も

少しずつ増えてきた


荷車を引く農民


背負い籠を持った人


私たちとは反対方向へ進む

荷馬車もある


「ローデンより人が多いわね」


「ここは街道沿いだからな」


旅人も

商人も通る


だから村の規模以上に

人の出入りがあるらしい


村へ入ると


まずバルドが

商売を取りまとめている人のところへ向かう


私はその後ろについていく


ローデンでは

何をしているのか分からないまま見ていたけど


今回は違う


挨拶して


商売をすることを伝えて


場所を確認する


村によって相手や決まりは違っても


最初に話を通す


そこは同じらしい


話を終えると


指定された場所へ

荷馬車を移動させた


「今日は?」


「もう遅い。店は明日だ」


「了解」


まだ日が沈むには早いけど


店を広げて

すぐ片付けるくらいなら


明日の朝から始めた方がいい


宿に荷物を置くと


私は真っ先に

部屋のベッドへ目を向けた


「やっとベッドで寝られる……!」


「大袈裟だな」


「四日ぶりよ!?」


野宿にも少しは慣れてきた


慣れてきたけど


それと

ベッドで寝たいかどうかは別問題よ


今夜は地面じゃない


それだけで

ちょっと幸せだった


夕食までは

まだ時間がある


「ちょっと村見てきていい?」


「ああ」


「一緒に来ないの?」


「俺は荷物見てる」


「そう」


まあ

迷うほど大きな村でもない


そのまま外へ向かおうとすると


「マサキ」


「何――っと!」


後ろから飛んできた何かを

慌てて受け取る


小さな革袋だった


「何これ」


「ついでに何か買ってこい」


「ついでって何よ」


「村見るんだろ」


「まあ、見るけど……」


袋を開いて

中を覗く


銅貨と大銅貨


それに

銀貨まで入っている


「……多くない?」


ちょっと屋台で何か買うような

金額じゃない気がする


「使わなきゃ残しとけ」


「こんなに何に使うのよ」


「知るか」


「渡した本人が言う!?」


何を買わせる気なのよ


そう思いながら

革袋を持って村へ出た


ローデンでは羊が目についたけど


ベルネでは

やっぱり麦が多い


家の軒先には

収穫した麦が干され


大きな袋を運んでいる人もいる


少し歩けば


豆を並べた店


旅人向けらしい屋台


そして

何種類かのパンを並べた店があった


これまでの村でも見かけた

色の濃い黒パンもある


こっちに来てから

何度か食べたけど


これが結構硬いのよね


そのまま齧るより

スープに浸した方が食べやすいくらいだ


でも


その隣に並んでいるパンは

少し違った


黒パンより少し明るい色をした

丸いパン


「これ、ライ麦パン?」


「ああ。ベルネじゃよく作るんだ」


「やっぱり」


表面はしっかり焼かれていて


持ってみると

見た目以上にずっしりしている


「いくら?」


「一つ80Gだよ」


「80G?」


思ったより安い


「じゃあ二つちょうだい」


バルドから預かった革袋から

硬貨を取り出して支払う


一つを手に取り


少しだけ端をちぎって

口へ入れてみる


「……あ、美味しい」


しっかりとした噛み応えがあって


噛んでいると

ライ麦の風味が広がる


これまで食べた黒パンより

私はこっちの方が好きかも


それにしても――


80G


周りを見渡す


麦畑


積まれた麦袋


そしてパン屋


「……麦が採れるから安い、とか?」


たぶん


でも


それだけで決めつけるのは危ない


あとでバルドに聞いてみよう


宿へ戻ると


バルドは

荷馬車の横で荷物を確認していた


「バルド」


「なんだ」


「これ、80Gだった」


買ってきたライ麦パンを見せる


「ああ」


「安くない?」


「この辺じゃそんなもんだ」


「やっぱり麦が採れるから?」


「ああ。それもある」


それも?


「他にもあるの?」


「今は収穫時期だ」


「ああ!」


そういうことか


作っている場所だから安い


それだけじゃなく


たくさん採れる時期でもある


「じゃあ時期が変わったら?」


「上がることもある」


「なるほどねぇ……」


同じ村でも


一年中

同じ値段じゃないのね


「はい、アンタの分」


もう一つのライ麦パンを差し出す


「頼んでねぇぞ」


「二つ買ったのよ。食べなさい」


「……そうか」


素直に受け取るじゃない


だったら最初から

文句言わなきゃいいのに


「それと、はい」


革袋も差し出す


けれど


バルドは受け取らなかった


「持ってろ」


「え?」


「また買いに行かせる」


「……私がお使い係ってこと?」


「嫌なら返せ」


「誰も嫌とは言ってないでしょうが!」


差し出した革袋を

そのまま引っ込める


まあ


これからも村を見て回るなら


そのたびにバルドから借りるより

持っていた方が楽か


こうして私は


異世界に来て初めて

まとまった現地のお金を

持ち歩くことになった


――もっとも


私のお金じゃないけどね


翌朝


私たちは

昨日決められた場所に店を出した


荷物を下ろし


商品を並べる


もう

ローデンの最初ほど手間取らない


何がどの箱に入っているかも

少しずつ覚えてきた


「これ、こっちでいい?」


「ああ」


「針は?」


「前だ」


「了解」


準備が終わる頃には


何人かの客が

こちらを覗いていた


店を開けば






日用品が

少しずつ売れていく


「この糸を一つ」


「200Gよ」


「針ももらおうかね」


「じゃあ合わせて350Gね」


ローデンの時より


ずっと自然に

手が動く


お金を受け取って


商品を渡して


必要ならバルドに確認する


それだけなのに


最初のお客さんを前に

あれだけ緊張していたのが

少し前のことみたいだ


昼を少し過ぎた頃


朝から続いていた客足が

ようやく途切れた


さっきまで何人かいた客もいなくなり


店の前には

私とバルドだけ


「……疲れた」


荷馬車の縁に腰を下ろす


「まだ半日だぞ」


「分かってるわよ」


水筒を手に取って

喉を潤す


バルドも

隣で水を飲んでいる


今のうちに

少し休んでおこう


そう思っていると


荷馬車に積まれた

羊毛の袋が目に入った


ローデンで仕入れた物だ


「ねえバルド」


「なんだ」


「あの羊毛、ここでは出さないの?」


「出さねぇ」


「やっぱり?」


「この辺でも羊毛は手に入る」


「ローデンほどじゃないでしょう?」


「ああ」


「じゃあ少し高く売れたりしない?」


「売れなくはねぇ」


「なら――」


「いくらでだ」


「え?」


「いくらなら売る」


「…………」


そう言われると


分からない


ローデンで

いくらで仕入れたかは見ていた


でも


この村で羊毛が

いくらで売られているのかは知らない


「……相場を見てないわ」


「ああ」


「それを先に見ろってこと?」


「好きにしろ」


「そこは教えなさいよ!」


「聞く前に見てこい」


「はいはい!」


まったく!


ちょうど客もいない


店はバルドに任せて

私は村の中へ向かった


探してみると


羊毛を扱っている店は

ちゃんとあった


ローデンほど種類は多くない


でも


普通の羊毛なら

珍しい物ではないらしい


値段を聞いて


量を見て


ローデンで見た物と比べる


「……思ったより変わらない」


ローデンよりは高い


でも


驚くほどの差じゃない


ベルネからローデンまでは

荷馬車で四日


遠く離れた土地というわけでもない


羊毛の産地が近いなら


ここまで運ぶのにも

それほど手間はかからない


……たぶん


それも

値段が大きく変わらない理由の一つよね


店へ戻ると


バルドは

一人の客を相手にしていた


私は邪魔をしないよう


荷馬車の横で

少し待つ


「毎度」


商品を受け取った客が

店から離れていく


それを見送ってから


「バルド」


「なんだ」


「見てきたわ」


「そうか」


「ちょっとは聞きなさいよ」


「言いたきゃ言うだろ」


この人は本当に……


「ローデンよりは高かった。でも思ったほどじゃない」


「ああ」


「ローデンが近いのも関係ある?」


「ある」


やっぱり


「運ぶ手間が少ないから?」


「ああ。それにこの辺でも羊は飼ってる」


「なるほどね」


産地から離れれば


必ず同じように

値段が上がっていく


なんて単純なものでもないらしい


その土地でも手に入るなら


わざわざ遠くから来た物を

高く買う必要はない


「じゃあ、ここでは売らない方がいいってこと?」


「俺はな」


「俺は?」


「お前ならどうする」


「…………」


またそれ?


羊毛の袋を見る


ここでも

仕入れ値よりは高く売れる


でも


差はそれほど大きくない


「……私なら、まだ持っていくかも」


「なんでだ」


「ここで売るより高く売れる場所があるかもしれないから」


「その間、そいつが場所を取るぞ」


「あ……」


荷馬車に積まれた

羊毛の袋を見る


決して小さくない


これを積んでいる分


別の商品を積める場所は

当然減る


「ここで別の物を仕入れたくても、その分積めなくなるってこと?」


「ああ」


バルドが

そこで私を見る


「まあ、お前にはあんまり関係ねぇだろうけどな」


「……《収納》?」


「ああ」


「確かに荷物なら入れられるけど」


普通の行商人なら


荷馬車に積める量が

そのまま運べる商品の限界になる


でも


私には《収納》がある


しかも――


私のは《無限収納》


入る量を気にする必要すらない


もちろん


そこまでバルドに

教えるつもりはないけど


「それでも、覚えておいた方がいいわよね」


「当たり前だ」


「私が使えるからって、他の商人も同じとは限らないものね」


「ああ」


「……商売って面倒ねぇ」


「今さらか」


「便利なスキル持ってても覚えることは減らないのね」


「考えるのまでスキルに任せる気か」


「そんなこと言ってないでしょうが!」


その時


店の方へ

一人の客が近づいてきた


話はそこで終わり


私は荷馬車の縁から立ち上がる


「いらっしゃい。何をお探し?」


休憩終了ね


そこからは

また客を相手にして


気づけば

太陽も随分傾いていた


その日の店を終え


二人で商品を片付けていく


最後の客も

もう帰っている


店の前には

私とバルドだけ


箱へ商品を戻しながら


昨日見た

ベルネの麦畑を思い出す


「ねえバルド」


「なんだ」


「昨日、私が買ってきたライ麦パン」


「ああ」


「ここで安く買えるなら、麦もいっぱい仕入れて別の場所で売ったら儲かるんじゃない?」


バルドが

一度だけこちらを見る


「売れりゃな」


「……その言い方、絶対何かあるわね」


「麦は重い」


「あ」


「場所も取る」


「ああ……」


言われて

荷馬車を見る


大きな麦袋を

いくつも積んだところを想像する


確かに


それだけで

かなり場所を取りそうだ


――まあ


私の《無限収納》なら

その問題はないんだけど


普通の商人なら

そうはいかない


「それに――」


バルドが

街道の方へ目を向ける


ちょうど


一台の荷馬車が

村を出ていくところだった


荷台には


大きな袋が

いくつも積まれている


たぶん


麦だ


「お前だけが考えることじゃねぇ」


「…………ああ」


ここは街道沿い


ベルネの麦が安いことなんて


この辺りを通る商人なら

とっくに知っている


安く買って


別の場所で高く売る


言葉にすれば

簡単だけど


誰でも思いつくなら


誰でもやっている


「じゃあ、どこに持っていくかも大事なのね」


「ああ」


「どれだけ買うかも」


「ああ」


「他に何を積むかも」


「ああ」


「…………」


「なんだ」


「覚えること多すぎない?」


「今さらか」


本当に

今さらね


安く買って


高く売る


言葉にすれば

簡単なのに


実際にやろうとすると


考えることが

次々増えていく


「……商売って面倒ね」


「今さらか」


「でも」


荷馬車の向こうに見える

麦畑へ目を向ける


風に吹かれて


黄金色の穂が

大きく揺れている


最初に見た時は


綺麗だと思った


それだけだった景色が


今は


ほんの少しだけ

違って見える


「……やっぱり面白いわ」


「どっちだ」


「面倒だけど面白いのよ」


「そうかよ」


相変わらず

反応は薄い


私は笑って


荷物を箱へ戻していく


まだ


分からないことだらけ


それでも


村が変わるたび


見えるものが

少しずつ増えていく


場所が変われば


景色も


人も


物の値段も変わる


どうやら行商っていうのは


物を運ぶだけじゃなく


その土地ごとの違いまで

見て歩く仕事らしい――


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