第13話 売るだけが商売じゃない
ローデンで迎えた二日目
昨日と同じ場所に商品を並べ
朝から店を開いた
「糸は200G、丈夫な方が350G」
「こっちの針は?」
「150Gよ」
「塩を二つくれ」
「はいはい、ちょっと待ってね」
昨日は値段を聞かれるたびに
何度バルドを呼んだか分からなかったけど
今日は違う
商品の場所も
よく売れる物の値段も
大体は頭に入っている
「これ、もう少し安くならない?」
「バルド、どう?」
「いくつだ」
「二つ」
「そのままだ」
「だそうよ」
「堅いねぇ」
「商人だもの」
客が笑う
昨日より
少しだけ余裕がある
客の顔を見る余裕も
ちょっとした会話をする余裕も
ちゃんとある
もちろん
分からない商品について聞かれれば
バルドに確認する
知らないことを
知ってるふりはしない
昨日一日で
それだけは嫌というほど覚えた
そんな調子で店を続け
太陽が真上を少し過ぎた頃
バルドが並べていた商品を
箱へ戻し始めた
「今日はもう店じまい?」
「ああ」
「まだお昼よ?」
「仕入れに行く」
「この時間からやるの?」
「ああ。向こうには話してある」
「あら、そうなの」
てっきり
もう少し店を続けるものだと思っていた
でも考えてみれば
バルドは何度も
この村に来ている
仕入れる相手と
いつ会うかくらい
先に決めていて当然か
「ほら、片付けるぞ」
「はいはい」
残った商品を
箱へ戻していく
昨日から売った分だけ
荷馬車の中にも空きができていた
そこへ
今度はこの村の商品を積む
「今回は何を仕入れるの?」
「羊毛と糸。それと干し肉だ」
「本当に羊尽くしね」
村に入ってから
嫌でも目に入っていた
羊
羊
羊
そして時々混じっている
色とりどりの角を持つウールシープ
ローデンらしいといえば
これ以上ないくらいローデンらしい
「ウールシープのも?」
「ああ。少しな」
それはちょっと楽しみかも
服や毛糸なら
日本でもいくらでも触ったことがあるけど
糸になる前の羊毛を
直接触ったことはない
実際に商品として扱われているものが
どんな感じなのかは気になる
片付けを終えると
バルドについて
村の中を歩いていく
しばらくして着いたのは
一軒の大きな家だった
家の横には広い柵があり
その向こうでは
何頭もの羊が草を食べている
普通の羊に混じって
青い角
黄色い角
昨日見たウールシープも何頭かいた
「バルドじゃないか!」
声をかけてきたのは
日に焼けた肌に
がっしりとした体格の中年の男だった
「待ってたぞ」
「ああ」
「今年もいつも通りでいいのか?」
「まず物を見せろ」
「相変わらずだな」
男が笑って
今度は私を見る
「そっちは?」
「手伝いだ」
「マサキよ。よろしく」
「ロウだ。よろしくな」
ロウに案内され
家の横にある作業小屋へ入る
中には
大きな籠や木箱がいくつも並んでいた
籠の中に入っているのは
白や薄い灰色の羊毛
その隣には
束ねられた糸が並んでいる
「へぇ……」
こういう状態で見ると
本当に羊毛の産地なのね
「触ってもいい?」
「ああ」
ロウに断ってから
籠の中の羊毛へそっと触れる
「……柔らかい」
指を沈めると
ふわりと包み込まれる
離せば
ゆっくりと元の形へ戻っていった
ウールの服や毛糸なら
日本でも馴染みがある
でも
糸になる前の羊毛を
こうして直接触るのは初めてだ
「これは、このまま売るの?」
「ああ。全部を糸にするわけじゃねぇからな」
「毛のまま欲しい人もいるのね」
「寝具や防寒着の詰め物にも使う」
「クッションにも?」
「ああ」
「なるほどね」
もう一度
羊毛を指で押してみる
確かに
この柔らかさなら納得できる
そのまま
隣の籠にも目を向ける
こっちも同じ白い羊毛
何となく気になって
指先で触れてみた
「……ん?」
さっきのと
少し違う
最初の籠に戻って
もう一度触る
やっぱり違う
片方の方が
少し滑らかな気がする
でも
何がどう違うのかまでは
上手く説明できない
私は服が好きなだけで
羊毛の専門家じゃない
だったら――
《鑑定》
――――――――――
《洗浄羊毛》
羊から刈り取った毛を
洗浄・選別したもの
柔らかく保温性に優れ
糸や布などの素材として利用される
毛足はやや短く
太さにばらつきがある
――――――――――
なるほど
じゃあ
こっちは?
――――――――――
《洗浄羊毛》
羊から刈り取った毛を
洗浄・選別したもの
柔らかく保温性に優れ
糸や布などの素材として利用される
毛足が長く
比較的細い
毛の長さと太さが
よく揃っている
――――――――――
へぇ
長さと細さ
それに
毛の揃い方が違うのね
分かった上で
もう一度触り比べてみる
……ああ
確かに違う
さっきまで
なんとなくでしか分からなかった感触が
少しだけ
はっきりした気がする
「ねえバルド」
「なんだ」
「こういう毛が長くて細い方は高いの?」
羊毛を見ていたバルドが
私の手元へ目をやる
「物にもよるが、こいつならそうだ。揃ってりゃなおさらな」
「やっぱり」
「だからって高ぇ毛が何にでもいいわけじゃねぇぞ」
「使い道によるってこと?」
「ああ」
なるほどね
《鑑定》で
物の違いは分かる
でも
それがどんな商品に向いていて
どこでいくらになるのかまでは
教えてくれない
そこは
私が覚えなきゃいけないところか
「次はこっちだ」
ロウが
壁際の木箱を開ける
中に入っていたのは
束ねられた羊毛糸だった
太いもの
細いもの
白
生成り
灰色
茶色
染めていない物が多いけど
色合いは少しずつ違う
「綺麗に揃ってるわね」
一本手に取って
指先で確かめる
「これも村で?」
「ああ。何軒かで分けて紡いでる」
羊を育てて
毛を刈って
洗って
選んで
さらに糸にする
同じ村の中でも
いくつもの仕事があるのね
「羊毛と糸、両方買うの?」
「ああ」
「売る相手が違うから?」
バルドが
ちらりとこっちを見る
「分かってきたじゃねぇか」
「あら」
それはちょっと嬉しい
「毛のまま欲しい奴もいりゃ
糸で欲しい奴もいる」
「なるほど。欲しい状態が人によって違うのね」
「そういうことだ」
同じ羊毛でも
どこまで加工されているかで
欲しがる人が変わる
こういう違いも
仕入れる時には考えるのね
「じゃあ、あれは?」
少し離れた場所に
普通の物とは違う光沢を持った糸があった
「あれがウールシープだ」
近づいて
一本手に取る
「綺麗ねぇ……」
普通の羊毛糸より
艶がある
指先を滑らせれば
手触りも滑らかだった
昨日聞いた通りなら
魔力も通しやすいはず
念のため――
《鑑定》
――――――――――
《ウールシープの羊毛糸》
ウールシープの羊毛を
洗浄・選別し紡いだ糸
通常の羊毛糸より光沢があり
滑らかな手触りを持つ
魔力を通しやすい性質があり
魔力を利用する衣類などの素材に適している
――――――――――
やっぱり
「これで作った服、見てみたいわね」
「大きな街ならあるだろ」
「本当?」
「値段はするぞ」
「見るだけならタダでしょう?」
「店による」
「見るだけでお金取られる店なんてあるの!?」
ロウが吹き出した
「お前の手伝い、面白いな」
「ただうるせぇだけだ」
「ちょっと!?」
ロウが声を上げて笑う
まったく
人を何だと思ってるのよ!
そこから
本格的な買い付けが始まった
ロウが出した羊毛を
バルドは一つずつ
手に取っていく
触って
広げて
時々
別の袋と比べる
私も隣から見てみる
さっき違いを知ったからか
最初よりは
少しだけ見方が変わった気がする
でも
バルドが見ているのは
羊毛の質だけじゃない
袋の大きさ
入っている量
状態
そして値段
「その三袋で28,000Gだ」
「26,000」
「無茶言うな。今年は出来がいい」
「去年より一袋軽い」
「……27,500」
「糸もまとめて買う。27,000」
ロウが少し考える
「……分かった」
決まった
27,000G
昨日
私がお客さんから受け取っていたのは
150G
200G
高くても
数千Gくらい
それが
仕入れになると
一度に動く金額が全然違う
当然といえば当然だ
一人が使う分を買っているんじゃない
これから別の場所で売るために
まとめて買っているんだから
バルドは代金を支払い
そのまま
次の羊毛を見る
「こっちは?」
「そっちは――」
また交渉が始まる
昨日は
客から値切られる側だったのに
今日は
バルドが買う側
立場が逆になるだけで
交渉の見え方も変わる
それに
ただ安くしろと
言っているわけじゃない
量を見て
質を見て
まとめて買うことまで含めて
値段を決めている
「随分あっさり決まるのね」
小声で言うと
バルドは羊毛から目を離さず答えた
「揉める理由がねぇからな」
「そういうもの?」
「相手による」
なるほど
長く取引している相手だからこその
やり取りなのかもしれない
普通の羊毛が決まると
次は羊毛糸
そして
ウールシープの羊毛と糸
ただし
ウールシープの物は
普通の羊ほど多くない
「これだけ?」
「ああ」
「もっと買わないの?」
「高ぇからな」
まあ
そりゃそうよね
高く仕入れた物は
それだけ高く売らなきゃいけない
それを買える人がいる場所へ
持っていく必要もある
「ウールシープは普通の羊より手ぇかかるからな」
ロウが言う
「そうなの?」
「よく食うし、毛の手入れもいる」
「なるほどねぇ」
高く売れるなら
全部ウールシープにすればいい
なんて単純な話じゃないのね
羊毛と糸の買い付けを終え
荷物を荷馬車へ積み込む
「じゃあな、バルド」
「ああ」
「マサキもまた来いよ」
「その時はよろしくね」
ロウと別れ
今度は村の別の場所へ向かう
「次は干し肉?」
「ああ」
着いたのは
羊の肉を扱っている店だった
軒先には
乾燥させた肉がいくつも吊るされている
近づくと
肉と塩の匂いがした
生の肉なら
何日も荷馬車で運ぶのは難しい
でも
干し肉なら保存が利く
旅人も食べるし
私たちだって旅の途中で食べている
バルドは店主と話しながら
干し肉を一つずつ
手に取って確かめていく
厚さ
乾き具合
匂い
私には
同じように見える物でも
バルドは時々
選ぶ物を変えていた
こっちでも
何度か値段をやり取りして
まとまった量の干し肉を買う
「羊毛に毛糸、それに干し肉……」
買った物を見ながら
思わず呟く
「本当に羊だらけね、この村」
「今さらか」
「改めて思ったのよ!」
買い付けた干し肉を荷馬車へ運び
ようやく
今日の仕入れが終わった
「よいしょ……っと」
最後の荷物を積み終える
昨日から商品が減って
少し空いていた荷馬車が
今度は
ローデンの商品で埋まっていた
羊毛
羊毛糸
ウールシープの羊毛と糸
羊の干し肉
「なんか面白いわね」
「何がだ」
「荷馬車の中身」
バルドが
こっちを見る
「昨日まであった物が売れて減って
今度はローデンの物が増えてる」
村に着いた時は
荷馬車の中にある物なんて
全部ただの商品にしか見えなかった
でも
今なら少しだけ分かる
ここにあった商品も
どこかで
誰かから仕入れた物
今日買った羊毛も
糸も
干し肉も
また別の場所へ運ばれていく
そこで売って
また別の物を仕入れる
そうやって
荷馬車の中身を変えながら
バルドは村から村へ旅をしている
売るところだけ見ていた昨日とは
商売の見え方が
少し変わった気がする
「ねえバルド」
「なんだ」
「次の村では何を仕入れるの?」
「大体は考えてる」
「大体?」
「実際に見てから決める」
「ふぅん……」
何を買うか決めていても
実際に見たら
変わることもあるってことね
今日の羊毛だって
出来が違えば
買う量も値段も変わる
「……覚えること、本当に多いわね」
「当たり前だ」
「もうちょっと優しく言えないの?」
「覚えたいって言ったのはお前だろ」
「そうだけど!」
本当に
容赦がないんだから
それでも
荷馬車に積まれた
ローデンの商品を眺めていると
不思議と嫌にはならなかった
むしろ――
「……商売って面白いわね」
「そうかよ」
相変わらず
反応は薄い
でも
私は少しだけ
次の村が楽しみになっていた
昨日は売る側
今日は買う側
見ているだけのつもりだった商売が
少しずつ
私の知らない顔を
見せ始めていた――




