第11話 初めての商売
翌朝
目を覚まして最初に思ったことは
「…………身体痛い」
これだった
背中が痛い
腰も痛い
なんなら首まで痛い
「最悪……」
毛布の上で身体を起こすと
あちこちから抗議するように痛みが返ってくる
昨日はクッションのおかげで
お尻だけはなんとか生き残った
でも
地面はどうにもならなかった
硬い地面の上に敷物と毛布だけ
そりゃ身体も痛くなるわよ
「起きたか」
声のした方を見る
バルドは焚き火の前に座っていた
「……アンタ寝た?」
「ああ」
「……そう?」
なんとなく引っかかる
私が寝る時も
バルドはここにいたはずだ
とはいえ
昨日は初めての長旅に初めての野宿
身体は痛いし
まだ眠いしで頭もいまいち回っていない
本人が寝たって言ってるなら
今はそれでいいか
「顔洗ってこい
飯食ったら出るぞ」
「はいはい」
立ち上がる
「いたたたた……」
「年寄りみてぇだな」
「アンタよりまだピチピチよ!」
「見た目だけはな」
「何よその言い方!」
若返った身体でも
痛いものは痛いのよ!
昨日沸かしたお湯の残りで
簡単に顔を洗う
朝食はパンとチーズ
それに昨日残しておいた野菜を少し
朝から凝った料理を作る気力はない
食事を済ませ
野営の跡を片付ける
敷物を畳みながら
昨夜の硬い地面を思い出した
「……これはどうにかしないと駄目ね」
「何がだ」
「こっちの話よ」
今夜も同じように寝るなんて
絶対に嫌
あとで何か探しましょ
◇
荷馬車が街道を進む
昨日よりは
少しだけお尻が楽だった
隣を見れば
バルドも私があげたクッションを
当たり前のように使っている
「ふふん」
「なんだ」
「別に?」
気に入ってるじゃない
しばらく街道を進んだところで
私はスマホを取り出した
スマホそのものは
バルドの前でも何度か使っている
問題は通販の方
これについては
まだ話していない
バルドは前を向いたまま
手綱を握っている
私は画面を覗き込まれないよう
少しだけ身体の向きを変えた
キャンプ マット 寝具
検索
いくつかの商品が表示される
厚すぎる物は扱いづらそう
薄すぎても
昨日の二の舞になる
どうせ《無限収納》に入れるから
持ち運ぶ時の大きさはそこまで気にしなくてもいい
それでも毎日使うなら
出し入れしやすい方がいいわね
しばらく見比べて
扱いやすそうなマットを選ぶ
購入
配送先は《無限収納》
よし
これで今夜は勝てる
通販については
今のところバルドにも話していない
別に隠し続けると決めているわけじゃないけど
わざわざ今
教える必要もないでしょう
スマホをしまい
何食わぬ顔で前を見る
バルドは相変わらず
何も聞いてこなかった
◇
それからの日々は
昨日ほど大変ではなかった
――というのは嘘
普通に大変だった
朝起きて
野営の跡を片付け
馬の世話をして
荷馬車で移動する
途中で休憩し
また移動
日が傾けば
野営できる場所を探す
薪を集め
火を起こし
食事を作り
身体を拭いて
寝る
そして翌朝
また荷馬車
「旅ってもっとこう……
景色を楽しみながら優雅に進むものじゃないの?」
「誰に聞いたんだよ」
「私の想像よ」
「なら想像したお前に文句言え」
「ごもっとも!」
ただ
少しずつ慣れてきたこともある
野営の準備をする時
何から手をつければいいのか
馬に近づく時
どうすれば驚かせないのか
薪はどんな物を拾えばいいのか
火の近くに何を置いてはいけないのか
最初はいちいちバルドへ聞いていたことも
何度か繰り返せば
少しずつ分かるようになってきた
食事は
いつの間にか私が作ることになった
「ねえ」
「なんだ」
「なんで私が毎日料理してるの?」
「お前が勝手に始めたんだろ」
「そうだけど」
「嫌なら今日は干し肉とパンにするぞ」
「作ります」
「ならいい」
「なんか腹立つわね……」
でも
作った料理を毎回綺麗に食べるから
悪い気はしない
洗い物を終えた後には
自分の分のお湯を沸かす
ついでに少し多めに
「バルド」
「なんだ」
「お湯」
「おう」
最初は説明して渡していたけど
三日もすれば
これで通じるようになった
バルドも普通に受け取っている
こうして見ると
人間って意外と
すぐに慣れるものなのね
私も
バルドも
◇
そして
ラーニアを出て六日目
「見えてきたぞ」
バルドの声に
私は顔を上げた
「どこ?」
「ローデンだ」
街道の先
緩やかな丘の向こうに
家々が見えてくる
ラーニアより少し小さいだろうか
村の周囲には畑
そして
「…………羊?」
柵の向こうに
白い毛の塊がいくつも見える
「羊がいっぱい!」
「ローデンは羊で食ってる村だからな」
「へぇ〜!」
近づくにつれて
その数が増えていく
普通の羊もいる
でも
「……ちょっと待って」
その中に
明らかに違うものが混ざっていた
「何あれ!?」
思わず身を乗り出す
「落ちるぞ」
「落ちないわよ!」
普通の羊より
一回りほど大きな身体
ふわふわとした毛
そこまではいい
問題は頭
「角
青いんだけど!?」
「そうだな」
「そうだなじゃないわよ!」
青だけじゃない
黄色っぽい角を持つ個体もいる
日の光を受けるたび
色のついた角がちらちらと光っていた
「綺麗ねぇ……」
「ウールシープだ」
「ウールシープ?」
「ああ
家畜にされてる魔物だ」
「魔物なの!?」
もう一度見る
柵の中では
青い角を持ったウールシープが
のんびり草を食べている
その隣では
普通の羊も同じように草を食べていた
「魔物って家畜にできるのね」
「種類による」
「へぇ〜……」
魔物と聞くと
どうしても森から襲ってくるようなものを
想像してしまうけど
考えてみれば
魔物だって生き物なのだ
人間と共存できる種類がいても
おかしくはない
「角も綺麗ね」
「磨けば装飾品にもなる」
「やっぱり!」
あれは絶対
磨いたら綺麗になると思ったのよ
「毛も普通の羊とは違うの?」
「ああ」
「どう違うの?」
バルドがこちらを見る
「お前
《鑑定》持ってんだろ」
「…………あ」
そうだった
聞けば教えてくれるから
完全に忘れてたわ
私は柵の向こうにいる
一頭のウールシープへ意識を向ける
《鑑定》
すると
頭の中へ情報が浮かんできた
《ウールシープ》
家畜化された羊型の魔物
羊毛は通常の羊毛より光沢があり
魔力を通しやすい性質を持つ
角は個体によって色が異なる
「へぇ〜
普通の羊毛より光沢があるのね」
「他には?」
「魔力を通しやすいって」
「そうだ」
「それって何に使うの?」
「魔術師が着る服やローブなんかだな
普通の羊毛より高く売れる」
「なるほどねぇ」
見た目が綺麗
それだけじゃない
この世界では
魔力を通しやすいという性質そのものが
商品の価値になるのね
面白い
「じゃあ全部
ウールシープにした方が儲かる……ってほど単純じゃないわよね」
「分かってんじゃねぇか」
「そりゃ分かるわよ」
高級品だけ作ればいい
なんて話じゃない
安くて普通に使える物を求める人だっている
そもそも
育てる手間や費用まで同じとは限らない
「ウールシープの方が
育てるのも大変なんでしょう?」
「ああ
普通の羊より餌も食うし
育てるのに手間もかかる」
「やっぱり」
「数を増やしゃ儲かるってもんでもねぇ」
「でしょうね」
そこは
この世界に来たばかりの私でも分かる
でも
どれくらい手間が違うのか
どれくらい値段が違うのか
どこで需要があるのか
そういうことは何も知らない
その辺りは
これから見せてもらえばいい
◇
村へ入ると
羊の鳴き声が
あちらこちらから聞こえてきた
家の軒先には
刈り取られた羊毛らしきもの
糸を扱っている人もいる
「あっちも羊毛
こっちも羊毛……」
「珍しいか?」
「こんなに羊だらけの村は初めてよ」
「ローデンじゃ普通だ」
「私はローデン初めてなのよ!」
荷馬車は村の中心へ進んでいく
私は周囲を見ながら
ふと気づいた
「ねえ
このまま商売始めるの?」
「んなわけあるか」
「じゃあどうするの?」
「先に村長に顔出す」
「ああ
やっぱり勝手に店出しちゃ駄目なのね」
「初めての村なら
まず村長か商売を取りまとめてる奴に話を通せ」
「場所代とか?」
「取るところもある」
「ローデンは?」
「村長だ」
「場所代は?」
「俺はいらん」
「なんで?」
「何度も来てるからな」
「じゃあ
私が初めて来たら?」
「払うことになるだろうな」
「世知辛い!」
「信用も商売のうちだ」
「…………なるほど」
同じ場所で
同じように商売をする
それでも
初めて来た商人と
何度も来ている商人では扱いが違う
考えてみれば当然だ
誰かも分からない人間に
いきなり好き勝手商売をさせるより
何度も来ていて
問題を起こしていない人間の方が信用できる
場所代が必要ないということは
それだけバルドが
この村から信用されているということでもある
「信用って
ちゃんとお金になるのね」
「そういうこった」
「商売って面白いわね」
「まだ見てもねぇだろ」
「だから今から見るんでしょう?」
「ならしっかり見とけ」
「言われなくてもそのつもりよ」
◇
村長への挨拶を済ませると
バルドは村の中心近くにある
開けた場所へ荷馬車を移動させた
「ここで売るの?」
「ああ」
「何からする?」
「荷物下ろせ」
「はいはい」
荷馬車の後ろへ回る
商品は箱や袋に分けられている
「これ全部?」
「全部じゃねぇ
今日売る分だけだ」
「どれ?」
「こっちと
そっちの箱」
「了解」
言われた物を運ぶ
「重っ……!」
「落とすなよ」
「分かってるわよ……!」
収納がある生活に慣れたせいか
普通に荷物を運ぶことが
ものすごく面倒に感じる
「ねえ
《収納》使っちゃ駄目?」
「使ってもいいが
今は運べ」
「なんでよ」
「手伝いながら商売を見てぇんだろ?」
「そうだけど」
「だったら商品がどこにあって
何をどれだけ持ってきてるかくらい見とけ」
「ああ……」
なるほど
確かに
全部収納から出してしまったら
何がどこに積まれていたのかも分からない
商品を運びながらなら
自然と荷物の種類も
量も目に入る
「分かったわ
運びます」
「おう」
箱を抱える
重い
でも
これはこれで勉強
そう思うことにする
バルドは慣れた手つきで
商品を並べていく
布
針
糸
塩
小さな日用品
保存の利く食料
他にも
この村では手に入りにくいらしい物が
いくつか並ぶ
私はその様子を横から見る
適当に置いているようで
よく見ると
同じ種類の物は近くにまとめられている
手に取りやすい位置
奥に置かれている物
すぐ補充できる場所
全部ちゃんと考えられている
「……意外とちゃんとしてるのね」
「何がだ」
「もっと適当に並べるのかと思ってた」
「俺を何年商人やってると思ってんだ」
「失礼しました」
これは下手に口を出さない方がよさそうね
まずは見る
分からないことがあれば聞く
「マサキ」
「何?」
「それこっち」
「はいはい」
言われた場所へ商品を移動する
準備を続けているうちに
村人たちがちらちらと
こちらを見るようになってきた
「あら
バルドさんじゃない」
最初に声をかけてきたのは
買い物籠を持った女性だった
「ああ
久しぶりだな」
「今回は随分早かったわね」
「近くまで来たからな」
女性の視線が
すっと私へ向く
「……そちらは?」
「手伝いだ」
「ちょっと!
もう少し紹介の仕方あるでしょう!?」
「間違ってねぇだろ」
「そうだけど!」
女性がくすくす笑う
「あらあら
元気な子ねぇ」
「初めまして
マサキよ」
「旅のお手伝い?」
「そんなところね
今はバルドの商売を見せてもらってるの」
「へぇ
バルドさんが?」
「何かおかしいか」
「だって
人に何か教えるようには見えないもの」
「でしょう!?」
「お前はどっちの味方だ」
「今のところ
この奥様」
「あら嬉しい」
女性がまた笑う
……なんか
この人とは仲良くなれそう
その会話が聞こえたのか
別の女性もこちらへやってくる
「バルドさん来てるの?」
「あら
見ない顔ね」
「手伝いですって」
「へぇ〜」
一人
二人
三人
気づけば
店の前に人が増えていた
「ちょっと待って
商売ってこんな急に始まるの?」
「店開けりゃ客は来る」
「それ先に言って!?」
「今言っただろ」
「遅いのよ!」
バルドが私を見る
「ほら」
「何?」
「手伝え」
「何すればいいのよ!」
「客の相手だ」
「いきなり!?」
「見てぇんだろ?」
「見たいとは言ったけど
私まだ値段も知らないわよ!」
「分からなきゃ聞け」
「それでいいの!?」
「最初から全部分かる奴がいるか」
「…………それもそうね」
言われてみればその通り
知らないことを
知ったふりして売る方がよっぽど危ない
分からないなら聞けばいい
今はそのために
バルドがいるんだから
「まずアンタのを見てからって
思ってたんだけど」
「俺一人じゃ客が待つ」
「正論!」
仕方ない
やるしかない
私は店の前を見る
待っている村の人たち
並べられた商品
その向こうで
何食わぬ顔をしているバルド
「……分かったわよ」
深呼吸
別に
人と話すのが苦手なわけじゃない
むしろ
仕事では何度もやってきた
相手の話を聞いて
何を求めているのか考えて
必要なものを提案する
売る物が変わっただけ
それなら――
「はいはい
順番にどうぞ」
私は笑って
最初のお客さんへ向き直る
「今日は何をお探しかしら?」
こうして
興味本位で覗かせてもらうはずだった
異世界での商売に
私はいきなり放り込まれることになった




