第三話 王妃とは何でしょう
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王妃教育開始から一か月。
ミリアは変わっていた。
本人はあまり自覚していない。
だが周囲から見ると明らかだった。
「最近のミリア様、変わられましたね」
王宮の教育係がそう呟く。
隣の侍女も頷いた。
「以前は慌てることが多かったですが」
「落ち着いておりますね」
礼儀作法も向上した。
作法も安定した。
受け答えも以前よりずっと良い。
問題は。
変わった方向だった。
◇
「王妃とは何でしょう」
教育中。
アメリアが問い掛けた。
ミリアは即答する。
「国王陛下を支え、国民を導く存在です」
「抽象的ですね」
「はい」
即答したのに駄目だった。
「具体的には?」
ミリアは少し考える。
以前ならここで止まっていた。
だが今は違う。
「国家運営の補佐」
「続けてください」
「貴族間の調整」
「はい」
「慈善事業の管理」
「はい」
「王家資産の運用管理」
近くにいた侍女が首を傾げた。
「財政状況の把握」
「はい」
「人材登用の補佐」
「はい」
「不正の予防」
侍女が固まった。
「危機管理」
「はい」
「業務改善」
教育係も固まった。
なんだろう。
王妃というより。
副宰相に近い。
アメリアは満足そうだった。
「以前より理解していますね」
「ありがとうございます!」
ミリアは嬉しそうだった。
周囲だけが困惑していた。
◇
その日の午後。
王宮教育担当者会議。
「確認ですが」
一人が口を開く。
「アメリアの教育内容を見ましたか?」
「見ました」
「見ました」
「見ました」
全員見ていた。
そして全員困惑していた。
「礼儀作法」
「正常ですね」
「歴史」
「正常です」
「外交」
「正常」
ここまではいい。
問題は続きだった。
「会計」
「……」
「税制」
「……」
「監査」
「……」
「人事制度」
「……」
「領地経営」
「……」
沈黙。
誰も否定できない。
否定したら困る。
全部必要だからだ。
「間違ってはいないのですよね」
「間違ってはいません」
「むしろ重要です」
「ですが」
「王妃教育でしょう?」
「王妃教育ですね」
全員頭を抱えた。
◇
一方。
当のミリア。
「なるほど……」
目を輝かせていた。
アメリアは黒板代わりの紙へ図を書いていく。
「よろしいですか」
「はい!」
「領地経営に失敗すると税収が減ります」
「はい!」
「税収が減ると行政機能が落ちます」
「はい!」
「行政機能が落ちると治安が悪化します」
「はい!」
「治安が悪化すると民が困ります」
「はい!」
「つまり帳簿は重要です」
「なるほどです!」
完全に納得していた。
アメリアも満足そうに頷く。
「理解が早くなりましたね」
「アメリア様のお陰です!」
アメリアは少し首を傾げた。
「いいえ」
「え?」
「ミリア様が努力なさった結果です」
ミリアの目が潤んだ。
褒められた。
また褒められた。
厳しい。
怖い。
だが認めてくれる。
だから頑張れる。
ミリアの中でアメリアの評価は日に日に上昇していた。
◇
数日後。
教育が終わった帰り道。
侍女が尋ねた。
「ミリア様」
「何でしょう」
「アメリア様は怖くありませんか?」
ミリアは真剣に考えた。
そして。
「怖いです」
「ですよね」
「ですが」
ミリアは微笑んだ。
「私のことを本気で育てようとしてくださっています」
侍女は少し驚く。
ミリアは続けた。
「できなければ指摘してくださる」
「はい」
「できるまで付き合ってくださる」
「はい」
「褒めるべき時は褒めてくださる」
少し照れたように笑う。
「だから私は頑張りたいのです」
侍女は何も言えなかった。
その姿は。
尊敬する教師を語る生徒そのものだった。
◇
翌日。
アメリアは資料を整理していた。
その横でミリアが頭を下げる。
「アメリア様」
「何でしょう」
「これからもご指導をお願いいたします」
深々と頭を下げる。
アメリアは少し考えた。
そして答える。
「そうですね」
ぱたん、と帳簿を閉じる。
「私も途中で投げ出すのは好きではありません」
ミリアの顔が明るくなる。
「はい!」
「ですので」
アメリアは淡々と言った。
「王妃として最低限困らない程度には仕上げましょう」
「はい!」
力強い返事だった。
アメリアは満足そうに頷く。
そして内心で考える。
(ようやく基礎課程が終わりましたわね)
机の上には新しい教材が置かれていた。
『実践監査学』
『大型不正事例集』
『組織改革の実例』
『財務分析応用編』
ミリアはまだ気付いていない。
アメリアの中では今までが準備運動であり、
本番はこれからだということに。
お読み頂き、ありがとうございます。




