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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第八章 王妃教育編

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第二話 王妃教育です

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 王妃教育が始まって一週間。


 ミリアは悟った。

 王妃になるより先に死ぬかもしれないと。


「では、先ほど申し上げた内容を説明してください」


 アメリアは淡々と言った。


 感情はない。

 怒りもない。

 呆れもない。


 ただ確認しているだけ。

 なのに怖い。


「えっと……」

「この場合は、貴族間の調整を優先して……」


「違います」


「はい」


 即死した。


「なぜ違うのかわかりますか」


「……わかりません」


「では最初から説明いたします」


 アメリアは資料を開く。

 そして再び解説を始めた。


 丁寧だった。

 驚くほど丁寧だった。


 ゆっくり説明する。

 途中で確認する。

 理解しているか尋ねる。

 わからなければ別の例を出す。


 教師としては十分優秀だった。


 ただし。

 要求水準が異常に高い。


 そこだけが問題だった。



 昼休憩。

 ミリアは机に突っ伏していた。


「大丈夫ですか?」


 侍女が心配そうに尋ねる。


「たぶん……」


「大丈夫そうには見えませんが」


「アメリア様はすごい方ですね……」


 心からそう思った。


 学園にいた頃から優秀なのは知っていた。

 だが実際に接すると異常だった。


 説明されたことが難しいのではない。

 アメリアにとって当たり前のことが。

 他人には難しいのである。


 恐ろしい。


「ですが厳しいですね」


 侍女が言う。

 ミリアは首を振った。


「いいえ」


「え?」


「アメリア様は優しい方です」


 侍女が困った顔になる。


「そうでしょうか?」


「そうです」


 ミリアは力強く断言した。


「私、何度も失敗しています」


「はい」


「ですが一度も見捨てられていません」


 アメリアは毎回指摘する。

 毎回説明する。

 毎回やり直させる。


 面倒そうな顔もしない。

 もちろん褒めてもくれない。


 だが見捨てない。


 最後まで付き合ってくれる。


 だからミリアにはわかった。


 厳しいのではない。

 本気なのだ。


「アメリア様は私のために頑張ってくださっているんです」


 侍女は何も言わなかった。

 少しだけ同情の目を向けた。


◇同時刻


 王太子執務室


「王太子殿下」


 アメリアの来訪に。

 ルーカスは顔を顰める。


「ミリアに何か問題が?」


「はい」


 ルーカスに緊張が走る。


 ミリアの教育は。

 上手く言っていないのだろうか?

 届かないのだろうか?

 

 戦々恐々と待つ。


 アメリアは口を開く。


「ミリアさんの家格問題はよろしいのでしょうか?」


 沈黙。


 ルーカスは息を吐いた。


「なんだ、そこか」


「重要な問題です」


「問題ない」

「中立派の伯爵家と話は済んでる」


「……そうですか」


 珍しく歯切れが悪い。


 そうして。

 アメリアは。

 小さな声で呟いた。


「……っ」


 思わず息を呑む。


 本当に小さな声。


 注意していなければ、

 聞こえない声だった。


 アメリアはそのまま退出する。


「勘弁して欲しい……」


 全身から力が抜ける。

 ルーカスには聞こえてしまった。


『弟子にしようかと思ったのですが』


 という、恐ろしい言葉が。



 午後。


「では続きを始めましょう」


「はい!」


 ミリアは元気に返事をした。

 アメリアは少しだけ目を細める。


「やる気だけは十分ですわね」


「……だけ?」


「だけです」


「うっ」


 正論だった。


「ですが、やる気がないよりは良いと思います」


 珍しくフォローが入った。

 ミリアは少し嬉しくなる。


「ありがとうございます!」


「はい」


 アメリアは資料をめくった。


「では財務について学びましょう」


 ミリアは固まった。


「財務?」


「財務です」


「王妃教育ですよね?」


「そうです」


「なぜ財務なのでしょう」


 純粋な疑問だった。


 礼儀作法ならわかる。

 歴史もわかる。

 外交もわかる。


 だが財務はわからない。


 アメリアは不思議そうな顔をした。


「国家運営には金銭が必要です」

「はい」


「予算も必要です」

「はい」


「支出管理も必要です」

「はい」


「知らないと困ります」


 終わった。

 アメリアの中では完全に終わった話らしい。


「なるほど……」


 なるほどではない気がしたが頷くしかなかった。



 数日後。

 教育内容はさらにおかしくなった。


 礼儀作法。

 歴史。

 外交。


 ここまではいい。

 だが次が問題だった。


「人事管理です」


「王妃教育ですか?」


「そうです」


「監査ではなく?」


「王妃教育です」


 アメリアは真顔だった。


 本気だった。


 ミリアは混乱した。

 

 さらに翌日。


「税制です」


「王妃教育ですよね?」


「はい」

 

 さらに翌日。


「領地経営です」


「王妃教育ですよね?」


「はい」

 

 さらに翌日。


「帳簿です」


「王妃教育とは……」


 ミリアは遠い目をした。



 一方その頃。

 教育計画書を確認したルーカスも遠い目をしていた。


「何を教えているんだ……」


 隣にいた側近も頷く。


「王妃教育には見えませんね」


「だろう?」


「ですが」


 側近が書類を見る。


「内容そのものは国家運営に必要です」


「それはそうなんだ」


 だから余計に困る。


 間違ってはいない。


 だが王妃教育と呼んでいいのかは疑問だった。


「まさか、本気で……」


 頭を抱えて呟いた。



 そして一か月後。

 ミリアは少しずつ成長していた。


 回答速度が上がった。

 理解も深まった。

 以前なら何時間もかかっていた内容を説明できるようになっている。


 その日の授業。

 アメリアは書類を閉じた。


 ミリアは少し緊張した。


 何か言われる。

 そう思った。


 そして。


「及第点です」


 静かな声だった。


 ミリアは目を見開く。


「……え?」


「基本的な部分は理解できています」


 褒められた。


 初めて。


 本当に初めて。


 アメリアから認められた。


 それだけの言葉なのに。


 胸が熱くなる。


「ありがとうございます!」


 思わず立ち上がって頭を下げた。

 アメリアは首を傾げる。


「当然の評価を申し上げただけですが」


「それでも嬉しいです!」


「そうですか」


 アメリアはよくわからないという顔をした。


 だが。

 ミリアは気づかなかった。


 机の上には次回の教材が積まれている。


 その一番上には。

『基礎監査学』

 と書かれていた。


 ミリアの王妃教育は、まだ始まったばかりだった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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