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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第五章幕間名も無き英雄

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第五章幕間 名も無き英雄

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 第二王子殿下の護衛が増えた。


 昨日までは一人。

 今日は五人。


 しかも見慣れない顔ばかりだった。


 監視。

 誰が見てもそう分かる。


 だが殿下は何も言わなかった。

 言っても無意味だからだ。


 私も言わない。

 従者は黙って仕えるだけでいい。


 それが仕事だった。



 執務室。

 扉は閉じられている。


 護衛は外。

 だが安心はできない。


 メイドにも宰相派が紛れてる。


 殿下は机の上の資料を見ていた。

 何度も見た資料だった。


 商会。

 送金記録。

 貴族名。


 行方不明になった帳簿。

 どれも断片。


 疑惑はある。

 だが証拠にならない。


 それでも殿下は諦めなかった。

 数年かけて集めた。


 王国の膿。

 その一部だった。


 やがて殿下が立ち上がる。


 私は察した。

 何かを決めたのだと。


 殿下はふらついた。

 護衛が慌てて駆け寄る。


「殿下!」


「大丈夫だ」


 その瞬間だった。

 机の端から落ちた書類を拾う。


 ただそれだけ。

 誰も不審には思わない。


 だが書類は一部消えていた。

 私の袖の中に。


 目は合わせない。


 だが分かる。

 これでいいのだと。



 その日の夜。

 私は城を出た。


 変装は商人。

 荷車を引く。


 古びた服。

 髭。

 染めた髪。


 鏡の前の私はもう従者ではなかった。


 ただの中年商人だ。


 門番が止める。


「何だ」


「支援物資です」


「どこに」


「旧監査局へ」


 門番が嫌そうな顔をした。


 今の旧監査局は厄介者の集まりだ。

 誰も近寄りたがらない。


 だから都合が良かった。


「行け」


「ありがとうございます」


 頭を下げる。

 荷車を引く。


 心臓はうるさいほど鳴っていた。



 旧監査局は静かだった。


 薄暗い。

 人も少ない。

 見張りも最低限。


 だからといって正面から入れるわけではない。


 裏へ回る。

 荷車を隠す。

 建物の影に身を潜める。

 そして通気口の蓋を外した。


 ここまでは事前に調べていた。


 殿下の命令ではない。

 私の判断だった。


 もしもの時のため。

 ただそれだけだった。


 まさか本当に使うとは思わなかったが。


 狭い通路を進む。

 埃が舞う。

 服が汚れる。

 膝も痛い。


 だが止まらない。


 やがて明かりが見えた。


 小さな隙間。

 下を覗く。


 部屋だった。

 書類だらけの部屋。


 帳簿が積み上がっている。

 机も埋まっていた。

 床にもある。

 椅子にもある。

 壁際にもある。


 思わず口元が引きつった。


(本当に人の仕事量か)


 殿下から話は聞いている。


 だが想像以上だった。


 こんな量の資料。

 一生かかっても終わらない。


 普通なら。


 普通なら。


 だが。

 あの令嬢は違う。



 机に降り立つ。

 音を立てない。


 資料を取り出した。

 数年かけて集めた断片。


 商会。

 送金。

 人名。

 数字。


 これだけでは意味がない。


 だが糸口にはなる。


 私はそれを資料の山へ紛れ込ませた。


 一枚。


 また一枚。


 自然に。


 誰にも気付かれないように。


 終わる。


 たったそれだけだった。


 世界は何一つ変わっていない。


 書類が少し増えただけ。

 それだけだ。


 それでも。


 殿下は賭けた。


 そして私も賭ける。


 もし。

 もしこの国に。

 この資料の意味を理解できる人間がいるなら。


 それはきっと一人しかいない。


 私は振り返る。


 誰もいない机。

 山のような帳簿。

 散乱する記録。

 その中心に空いた席。


 そこへ小さく頭を下げた。


「後は頼みます」


 返事はない。


 当然だ。


 それでも続けた。


「アメリア様」



 数日後。

 奇跡の日。


 王城が騒がしくなった。


 文官が走る。

 騎士が走る。


 書類が飛ぶ。


 怒号が響く。

 何事かと思えば。


 不正だった。


 一件。


 二件。


 三件。


 終わらない。


 また一件。


 さらに一件。


 そしてまた一件。


 止まらない。


 誰かが叫んだ。


「旧監査局から報告です!」


 別の誰かが叫ぶ。


「また見つかったのか!」


「今度はどこのだ!」


 沈黙。

 ただならぬ雰囲気を感じた誰かが。

 問う。


「……どうした?」


「……宰相です」


 場が固まった。


 反対に。

 笑いそうになった。

 見つかったのではない。


 見つけてしまったのだ。

 あの人が。


 窓の外を見る。

 王城中が慌ただしい。


 嵐だった。


 そして。

 まだ始まったばかりだった。


 私は誰にも聞こえないように小さく呟く。


「さすがです」


 それだけだった。


 私の名を知る者はいない。

 この仕事も記録には残らない。

 歴史書にも載らない。


 それでいい。


 殿下が賭けた。

 私はその賭けに乗った。


 ただそれだけだ。


 だが。

 もしあの日。

 あの資料を机へ置かなかったなら。


 少しだけ未来は違っていたかもしれない。


 だからほんの少しだけ誇らしかった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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