第五話 親に似て面倒な娘だ
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
数日が過ぎた。
アメリアは戻らない。
王城からの返答も無い。
面会の申し入れも拒否された。
使者を送っても返るのは定型文だけ。
まるで王城そのものが閉ざされているようだった。
◇
公爵は執務室にいた。
机の上には王国地図。
兵力表。
各領地からの報告。
騎士団の配置。
協力が期待できる貴族達の名簿。
全て並べられている。
戦支度だった。
◇
反逆のつもりはない。
王を討つつもりもない。
王家を滅ぼすつもりもない。
だが。
娘を救う。
そのためならば剣を抜く。
公爵は既に覚悟していた。
窓の外を見る。
騎士達が訓練を続けていた。
以前と変わらない風景。
だが違う。
屋敷全体が張り詰めていた。
誰もが知っている。
アメリアが捕らえられたことを。
そして。
それがおかしいことも。
「そろそろ決めねばならんな」
誰に言うでもなく呟く。
その時だった。
コンコン。
扉が叩かれる。
「入れ」
執事だった。
長年公爵家を支えてきた男である。
「旦那様」
「何だ」
「お願いがございます」
珍しい。
執事が自分から願い事をすることなど滅多にない。
「申せ」
執事は一歩前へ出た。
そして深く頭を下げる。
「その時は」
一度言葉を切る。
「私共も、お供させてください」
公爵は目を細めた。
「何だと」
執事は顔を上げない。
「旦那様がお決めになったのであれば」
「私共も参ります」
公爵は何も言わない。
すると執事は続けた。
「アメリアお嬢様には」
「皆、救われております」
静かな声だった。
「救われた?」
「はい」
その時だった。
再び扉が開く。
家令。
メイド長。
料理長。
庭師。
古参の騎士達。
見知った顔が並んでいた。
誰も言葉を発しない。
ただ。
一人ずつ。
静かに頭を下げていく。
「私も参ります」
「私もです」
「私も」
次々と続く。
公爵は思わず息を止めた。
皆。
本気だった。
誰一人として冗談を言っていない。
家令が口を開く。
「お嬢様がいらっしゃらなければ」
「私は今ここにおりません」
メイド長も続く。
「私も同じです」
料理長が頷く。
「私もですな」
騎士達も。
「私も」
「自分も」
静かに続く。
公爵は呆然とした。
知らなかった。
娘が慕われていることは知っていた。
優秀なことも知っている。
誇らしく思っている。
だが。
これほどとは思っていなかった。
本人は覚えていないだろう。
間違いなく。
仕事の一つだと思っている。
ただ見つけて。
ただ直して。
ただ改善しただけ。
そう思っているはずだ。
だが。
助けられた側は違う。
皆覚えていた。
誰一人忘れていなかった。
公爵は思わず笑った。
「全く」
深く息を吐く。
「親に似て面倒な娘だ」
執事が僅かに口元を緩めた。
「その点は否定できません」
小さな笑いが広がる。
その時だった。
廊下が騒がしくなる。
慌ただしい足音。
若い使用人が飛び込んできた。
息を切らしている。
「旦那様!」
全員の表情が消える。
「何だ」
「王城から使者が!」
部屋が静まり返った。
公爵の笑みも消える。
王城。
数日ぶりの接触。
ようやく。
何かが動いた。
「通せ」
公爵は静かに立ち上がった。
その目には。
もう迷いは無かった。
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