第三話 お前はやったのか
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
卒業記念パーティーは終わった。
誰も祝福しないまま。
誰も笑わないまま。
アルフォード公爵家の馬車は静かに王城を離れる。
重い沈黙が支配していた。
公爵は向かいに座る娘を見る。
アメリアは窓の外を眺めている。
表情は変わらない。
本当に変わらない。
婚約を破棄された令嬢とは思えなかった。
◇
無言のまま。
屋敷へ着く。
使用人達が慌てて迎えに出てくる。
誰も事情を聞かない。
聞ける空気ではなかった。
◇
深夜。
公爵は執務室にいた。
寝る気は無い。
寝られるはずも無い。
机の上には書類が積み上がっている。
だが。
どれも目に入らなかった。
考える。
ひたすら考える。
◇
誰が得をする。
最初に浮かぶのはルーカス。
だが違う。
婚約破棄は王太子の傷になる。
外交問題にもなる。
得が無い。
◇
男爵令嬢。
違う。
あの令嬢は困惑していた。
少なくとも演技には見えない。
◇
王家。
それも違う。
王太子婚約者を大勢の前で処刑した。
王家の信用が下がる。
◇
ならば誰だ。
思考は何度も同じ場所に戻る。
宰相。
卒業パーティー。
あの笑み。
しかし。
理由が見えない。
アメリアを排除して何になる。
政敵だった訳でもない。
派閥争いにも関係ない。
娘は仕事しかしていない。
本当に。
仕事しかしていないのだ。
(だから分からん)
思わず額を押さえた。
政治なら理解できる。
権力争いも理解できる。
だが。
アメリアを標的にする理由が無い。
◇
ふと。
幼い頃の娘を思い出す。
『帳簿がおかしいですわ』
『税制に問題がございます』
『この手続きは非効率です』
『改善すべきですわ』
頭が痛くなる。
本当に。
昔からそうだった。
「……仕事しかしておらんだろう」
思わず零れた。
そして。
その言葉で。
公爵の思考が止まった。
仕事。
監査。
不正。
改善。
仕事。
監査。
不正。
改善。
「まさか」
静かな呟き。
だが答えはまだ見えない。
見えないまま。
夜だけが過ぎていく。
◇
夜明け前。
応接室。
突然の来客。
第二王子アルフレッドだった。
一睡もしていない顔。
お互い様だった。
謝罪。
状況説明。
拘束の可能性。
宰相派。
王城の異変。
監視。
全てを聞いた。
「娘は何をされる」
公爵が問う。
アルフレッドは少し考えた。
そして答える。
「働かされるでしょう」
意味が分からなかった。
本当に。
意味が分からなかった。
「牢へ入れてか」
「はい」
「何故だ」
「成果を出すからです」
会話が成立しているのに。
成立していない。
だが。
妙な説得力だけはあった。
アメリアだから。
◇
やがて夜が明ける。
アルフレッドは帰った。
公爵は執務室へ戻る。
そして。
娘を呼んだ。
◇
応接室。
向かい合う。
「アメリア」
「はい」
「お前はやったのか」
確認だった。
父としてではない。
公爵として。
「いいえ」
即答。
「証明できるか」
「可能かと」
沈黙。
そして。
確信した。
娘は無実だ。
間違いなく。
◇
その時だった。
屋敷の外が騒がしくなる。
馬の音。
鎧の音。
大勢の足音。
公爵が立ち上がる。
アメリアも窓を見る。
門を越えてきたのは騎士達だった。
王城の紋章。
数十人。
異常な数。
「失礼致します!」
使用人が飛び込んでくる。
顔面蒼白だった。
「王城の騎士団が!」
「何だ」
「アメリア様の拘束命令を!」
空気が凍った。
公爵は静かに立ち上がる。
怒鳴らない。
叫ばない。
ただ。
怒っていた。
人生で。
最も深く。
最も静かに。
怒っていた。
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