第二話 ……大丈夫だな
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
卒業記念パーティーは盛況だった。
王城の大広間には多くの人々が集まっている。
貴族。
外交官。
各国大使。
王族。
誰もが卒業生達の門出を祝っていた。
華やかな夜だった。
◇
公爵は妻と共に会場を見ていた。
娘の姿も見える。
銀髪。
赤い瞳。
完璧な礼儀作法。
どこへ出しても恥ずかしくない。
それどころか。
誇らしい。
本当に。
少し前まで。
書斎で帳簿を抱えていた子供だったのだから。
「見てくださいな」
妻が笑う。
視線を向ける。
アメリアだった。
令嬢達に囲まれている。
何か話しているらしい。
本人は少し困った顔をしていた。
「いつも通りだな」
「そうですわね」
夫婦で小さく笑う。
卒業式の日だというのに。
当人にあまり感慨が見えない。
それもまたアメリアらしかった。
◇
その時。
違和感を覚えた。
会場の一角。
ルーカスとミリアの周囲に人が集まっている。
やけに多い。
しかも。
見覚えのない顔も混ざっていた。
公爵は目を細める。
嫌な予感。
理由は分からない。
だが。
何かがおかしい。
◇
「アメリア・フォン・アルフォード!」
声が響いた。
大広間全体へ。
誰もが振り返る。
音楽が止まる。
会話も止まる。
静寂。
王太子ルーカスが立っていた。
公爵は立ち上がる。
反射だった。
何かがおかしい。
本能が叫んでいた。
「何でしょうか」
娘の声。
落ち着いている。
いつも通り。
そして。
次の瞬間。
「私は君との婚約を破棄する!」
会場が凍りついた。
公爵も動きを止めた。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
意味が理解出来なかった。
何を言っている。
本気でそう思った。
外交官がいる。
王族がいる。
各国大使もいる。
卒業記念パーティーの場で。
婚約破棄。
正気とは思えない。
「アメリアは長年ミリアを虐げていた!」
ざわめきが広がる。
だが。
公爵は怒る前に疑問を覚えた。
その話は知っている。
調査も終わっている。
王城も把握している。
学園も把握している。
だからおかしい。
成立しない。
なぜ今更そんな話になる。
視線を向ける。
男爵令嬢。
困惑している。
演技には見えない。
少なくとも。
公爵にはそう見えた。
ならば。
誰だ。
そして見つけた。
大広間の後方。
宰相。
老人は静かに立っていた。
まるで全てを見守るように。
その姿を見た瞬間。
公爵の表情が消えた。
理解した。
これは若者の暴走ではない。
痴話喧嘩でもない。
もっと大きい。
政治だ。
権力だ。
派閥だ。
娘は今。
その盤上へ引きずり上げられた。
公爵の拳が震える。
怒りだった。
目の前の光景へ。
娘を利用した人間へ。
そして。
何も知らなかった自分自身へ。
だが。
その怒りは長く続かなかった。
「そうですか」
娘が笑ったからだ。
穏やかに。
静かに。
いつも通りに。
公爵は知っている。
アメリアを。
誰よりも。
長く。
近くで。
見てきた。
だから分かった。
あれは諦めた顔ではない。
怯えた顔でもない。
受け入れた顔でもない。
考えている。
あの娘は今。
考えている。
どうすれば仕事が終わるか。
どうすれば面倒を減らせるか。
そういう顔だった。
思わず天を仰いだ。
娘を心配するべき状況なのだろう。
普通なら。
だが。
妙な安心感があった。
(……大丈夫だな)
根拠はない。
父親の勘だった。
◇
卒業記念パーティー。
本来なら門出を祝う夜。
だが。
その夜は終わった。
アメリア・フォン・アルフォードの卒業を祝う夜は。
ここで終わった。
そして始まる。
公爵家と宰相。
王国を巻き込む争いが。
この一言から。
「私は君との婚約を破棄する!」
全てはそこから始まった。
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