第一話 未来の王太子妃
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
春。
王立学園入学式当日。
王都郊外に広がる学園には朝早くから多くの馬車が集まっていた。
貴族。
騎士。
官僚。
商家。
将来の王国を支える子供達。
その誰もが緊張した面持ちで学園へ足を踏み入れていく。
一方。
「帰りたいですわ」
入学式開始三十分前。
馬車の中でアメリアは死んだ魚のような目をしていた。
「まだ始まってもおりませんが」
執事が答える。
「それが問題なのです」
アメリアは窓の外を見る。
「本日から三年間」
「はい」
「王妃教育」
「はい」
「学園の授業」
「はい」
「貴族との交流」
「はい」
「王城への出仕」
「はい」
「王太子殿下」
一瞬、空気が重くなった。
執事がそっと目を逸らす。
「……はい」
「帰りたいですわ」
その気持ちはとても理解できた。
王太子。
ルーカス第一王子。
アメリアの婚約者。
そして。
アメリアの最大の頭痛の種。
第一王子としての資質は決して悪くない。
頭も悪くない。
剣も強い。
容姿も整っている。
だが。
面倒くさい。
とにかく面倒くさい。
幼少期からアメリアは何度も付き合わされてきた。
「アメリアは完璧すぎる」
「アメリアは冷たい」
「アメリアは可愛げがない」
「アメリアは皆から好かれすぎている」
知らない。
そんなもの。
「私のせいではありませんわ」
「左様で」
「私は何もしておりません」
「左様で」
実際その通りだった。
アメリアは生まれてこの方、
王太子と張り合ったことなど一度もない。
ただ。
勉強をした。
剣術を学んだ。
礼儀を身につけた。
仕事をした。
その結果。
なぜか比較される。
そして機嫌を損ねられる。
意味が分からない。
「理不尽ですわ」
「左様で」
執事は慣れていた。
ここ数年、何度この会話を聞いたか分からない。
馬車が止まる。
「到着いたしました」
アメリアが小さくため息を吐く。
そして。
完璧な姿勢で立ち上がった。
先程までの死んだ魚の目は消えている。
「行ってまいります」
「お気を付けて」
馬車の扉が開く。
学園の門。
大理石造りの校舎。
咲き誇る花々。
期待に満ちた新入生達。
そして。
「おお! アメリア!」
聞き慣れた声。
アメリアの笑顔が一瞬だけ固まった。
振り向く。
そこには。
婚約者である王太子ルーカスが立っていた。
満面の笑顔で。
「君も今来たのか!」
「ええ」
「偶然だな!」
(違いますわ)
偶然ではない。
王家と公爵家が同じ時間に入学するよう調整した結果である。
だが説明する気力はない。
「ご機嫌よう」
「うん!」
元気だなとアメリアは思った。
本当に元気だ。
羨ましいほどに。
こちらはすでに疲れているというのに。
「アメリア」
「何でしょう」
「今年こそ負けないからな!」
アメリアは沈黙した。
「……何のお話ですの?」
「勉強だ!」
沈黙。
「剣も!」
沈黙。
「生徒会も!」
沈黙。
「王都での評判も!」
さらに沈黙。
アメリアはゆっくりと空を見上げた。
青空だった。
雲一つない。
良い天気だ。
なぜだろう。
急に頭痛がしてきた。
「アメリア?」
未来の王太子妃は思った。
入学初日でこれなら、三年後には死んでいるかもしれませんわね。
お読み頂き、ありがとうございます。




