第四話 まさか
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
ミリアが帰った後。
ルーカスは一人だった。
部屋は静かだった。
あまりにも。
机の上には書類。
だが。
読めるはずがない。
『私、何も頼んでいません』
ミリアの声が離れない。
『アメリア様は違います』
あの言葉も。
ルーカスは目を閉じる。
聞いていない。
何一つ。
ミリア本人に。
その事実だけが重かった。
(父上に会わなければ)
立ち上がる。
今なら分かる。
昨夜の判断は間違っていたかもしれない。
だから。
修正しなければならない。
王太子として。
責任を取らなければならない。
扉を開ける。
そのまま執務棟へ向かった。
◇
「陛下への謁見を求める」
文官が頭を下げる。
「承知いたしました」
待つ。
しばらくして返答が来る。
「陛下はご多忙につき」
ルーカスは眉を寄せる。
「後日に」
断られた。
(仕方ない)
そう思う。
父王は忙しい。
王なのだから。
だが。
それで終われなかった。
◇
夕方。
再び謁見を申請する。
返答は早かった。
「陛下はご多忙につき」
同じ言葉。
ルーカスは黙る。
◇
夜。
もう一度。
「陛下への謁見を」
文官の表情が曇る。
「申し訳ございません」
また同じだった。
王太子。
未来の国王。
そのはずだった。
なのに。
会えない。
父王に。
◇
翌日。
ルーカスは自ら向かった。
国王執務室前。
護衛騎士が立っている。
「陛下へお目通りを」
護衛は困った顔をした。
「申し訳ございません」
「またか」
思わず声が強くなる。
「私は王太子だ」
騎士は頭を下げた。
それでも道を開けない。
「陛下のご命令です」
沈黙。
ルーカスは固まった。
父王の命令。
つまり。
拒否されている。
明確に。
(何故だ)
分からない。
本当に。
婚約破棄。
公爵家。
アメリア。
王家。
どう考えても重要案件だ。
なのに。
会えない。
◇
ルーカスはその場を離れる。
足取りは重かった。
廊下を歩く。
文官達がすれ違う。
騎士達がすれ違う。
皆いつも通りだ。
だが。
自分だけが違った。
自分の知らない何かが動いている。
そんな感覚だけが強くなる。
そして。
ルーカスは初めて恐れる。
もしかすると。
問題なのはアメリアではない。
自分が見ていない場所にある。
もっと大きな何かなのではないかと。
それが何かは分からない。
まだ。
分からない。
だが。
一つだけ確かだった。
自分は王太子なのに。
何も出来ていない。
その事実だけが。
重く胸へ残っていた。
(何故だ)
同じ疑問が頭を回る。
その時だった。
前方から文官達が歩いてくる。
ルーカスは足を止めた。
「例の件ですが」
「宰相閣下から指示を受けております」
聞こえてくる。
「財務局の件も」
「宰相閣下へ確認を」
通り過ぎていく。
ルーカスは眉を寄せた。
宰相。
気のせいだろうか。
最近その名前ばかり聞いている。
◇
その後も同じだった。
騎士団。
文官。
貴族。
誰と話しても。
最後には同じ名前が出てくる。
宰相。
また。
宰相。
◇
午後。
ルーカスは古くから仕えている文官を呼んだ。
「一つ聞きたい」
「はい」
「最近の王城はおかしくないか」
文官は固まった。
本当に一瞬だけ。
「おかしいとは」
「あまりにも宰相の名を聞く」
沈黙。
文官は答えない。
答えられない。
そんな顔だった。
それだけで十分だった。
◇
ルーカスは窓際へ歩く。
王城を見下ろす。
思い返す。
卒業パーティー。
アメリア。
ミリア。
宰相。
全部繋がっている気がする。
だが。
まだ全体が見えない。
その時だった。
ふと。
気付く。
自分の周囲にいる人間達。
教育係。
文官。
補佐官。
助言者。
いつからだろう。
全員。
宰相が推薦してきた人間だった。
ルーカスは息を呑む。
(まさか)
嫌な考えが浮かぶ。
自分は王太子だ。
だが。
自分一人で判断してきたわけではない。
周囲の助言があった。
報告があった。
情報があった。
そして。
その全てが。
宰相経由だったとしたら。
ルーカスの背筋が冷える。
(俺は)
言葉にならない。
(俺は利用されたのか)
初めてだった。
そんなことを考えたのは。
王太子。
未来の国王。
そう思っていた。
だが。
違ったのかもしれない。
自分は。
王太子でありながら。
何も見えていなかったのかもしれない。
気付けば拳を握っていた。
怒りではない。
悔しさでもない。
恐怖だった。
婚約破棄してから初めて。
ルーカスは理解する。
問題はアメリアではない。
もっと大きい。
もっと根深い。
何かがある。
そして。
その何かを知らないまま。
自分は決断してしまった。
その事実だけが。
重く胸へ残った。
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