第三話 ……そうか
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
朝食後。
王城は慌ただしい。
ルーカスの気分は晴れなかった。
宰相から説明は受けた。
問題は無い。
証言もある。
調査も終わっている。
そう言われた。
それなのに。
胸の奥の違和感だけが消えない。
◇
執務室へ戻る。
机の上には書類。
だが。
目を通す気になれなかった。
『そうですか』
また思い出す。
卒業パーティー。
アメリアの顔。
静かだった。
本当に。
静かだった。
ノックの音。
「失礼いたします」
文官だった。
「何だ」
「ミリア様がお見えです」
ルーカスは立ち上がる。
少し安心した。
とりあえず。
本人と話せる。
「通してくれ」
「はっ」
扉が開く。
ミリアが入ってきた。
顔色が悪い。
目も赤い。
泣いたのだろう。
当然だった。
昨夜のことがあったのだから。
「ミリア」
声を掛ける。
だが。
ミリアは礼もそこそこに口を開いた。
「聞いてください」
その声に。
ルーカスは違和感を覚えた。
焦っている。
必死だった。
「アメリア様は違います」
固まる。
「違います」
もう一度。
「アメリア様は私を虐げてなどおりません」
ルーカスは言葉を失った。
昨夜から。
初めて聞く言葉だった。
「だが」
反射的に言い返そうとする。
「違います」
だが。
初めてミリアが言葉を被せてきた。
「嫌がらせはありました」
ミリアは言う。
「でも」
「アメリア様が止めてくださいました」
静かな声だった。
だが。
迷いが無い。
「調べてくださいました」
「守ってくださいました」
「責任は個人にございますと仰いました」
ルーカスの顔色が変わる。
少しだけ。
「私は」
ミリアは俯いた。
声が震える。
「私は助けられました」
ルーカスは黙る。
何故だろう。
ミリアが嘘をついているようには見えなかった。
むしろ逆だった。
本当のことしか言っていないように見えた。
それでも認めたくない感情が反論する。
「だが」
「証言が」
「知りません」
ルーカスが固まる。
「私は知りません」
「聞いたこともありません」
「頼んでもおりません」
ミリアの声が震える。
「私、何も頼んでいません」
世界が止まった。
「アメリア様を責めてほしいなんて」
「罰してほしいなんて」
「一度も」
「そんなこと一度も」
ルーカスの血の気が引く。
その時。
初めて気付いた。
聞いていない。
自分は。
本人に。
ミリア本人に。
何も聞いていない。
証言は聞いた。
報告も聞いた。
告発も聞いた。
だが。
ミリア本人には。
一度も確認していない。
(そんな馬鹿な)
心のどこかで否定する。
だが。
事実だった。
目の前のミリアは泣いている。
そして。
アメリアを庇っている。
助けられたと言っている。
つまり。
昨夜の前提そのものが揺らいでいた。
「ミリア」
ようやく声を絞り出した声。
ミリアは止まらなかった。
「違います」
「アメリア様は違います」
ルーカスは黙った。
分からなかった。
何も。
いや。
わかっていた。
けれど。
認めることが怖かった。
自分のしでかしたことを。
◇
無言の末。
ようやく一言だけ。
「……そうか」
思ったより。
小さな声だった。
「会わせてください」
ミリアが言う。
「アメリア様に」
ルーカスは目を閉じる。
そして首を振った。
「それが出来ない」
「何故ですか」
「私も会えていない」
ミリアが息を呑む。
「私も」
ルーカスは拳を握る。
「国王陛下にお会いしたい」
「だが会えない」
ミリアが目を見開く。
「そんな」
その時。
再び扉が叩かれた。
「失礼いたします」
昨日見た文官だった。
「何だ」
嫌な予感がした。
何故だろう。
本当に。
嫌な予感が。
「陛下への謁見の件ですが」
ルーカスは立ち上がる。
「どうなった」
文官は頭を下げた。
そして。
静かに告げる。
「陛下はご多忙につき、本日の謁見は難しいとのことです」
沈黙。
ルーカスは固まった。
ミリアも固まる。
理解できなかった。
王家の問題だ。
婚約破棄だ。
公爵家だ。
アメリアだ。
それなのに。
会えない。
父王に。
違和感が。
確信へ変わり始める。
何かがおかしい。
昨夜からずっと。
何かが。
お読み頂き、ありがとうございます。




