第三話 私、何も頼んでいません。
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
ルーカスが立ち上がった。
会場が静かになる。
卒業パーティー。
学園最後の夜。
誰もが王太子へ視線を向ける。
ミリアも自然と顔を上げた。
(ご挨拶でしょうか)
そう思った。
卒業生代表として。
あるいは王太子として。
だから。
最初の言葉を聞いた時。
意味が分からなかった。
「アメリア・フォン・アルフォード」
会場が静まる。
呼ばれた本人も視線を向けた。
アメリア様だった。
「何でしょうか」
静かな返事。
いつも通り。
本当にいつも通りだった。
ミリアは少しだけ安心する。
だが。
その安心は次の言葉で砕け散った。
「私は君との婚約を破棄する!」
沈黙。
本当に。
何も聞こえなくなった。
音楽も。
会話も。
呼吸すらも。
全部。
頭が理解を拒否する。
婚約破棄。
誰と。
何故。
意味が分からない。
ミリアはアメリアを見る。
怒ると思った。
悲しむと思った。
抗議すると思った。
だが。
静かだった。
あまりにも。
静かだった。
(え?)
ミリアは固まる。
何故。
どうして。
そんな反応なのだろう。
ルーカスは続ける。
「アメリアは長年ミリアを虐げていた!」
世界が止まった。
今度こそ。
(私?)
意味が分からない。
虐げた。
誰が。
アメリア様が。
違う。
違う。
違う。
そんなことは。
一度もない。
確かに嫌がらせはあった。
無視された。
陰口もあった。
苦しかった。
でも。
あれは。
アメリア様が止めてくれた。
調べてくれた。
責任を切り分けてくれた。
守ってくれた。
なのに。
どうして。
どうしてこんな話になるのだろう。
(違います)
言わなければ。
そう思った。
でも。
声が出ない。
足も動かない。
周囲には貴族達。
教師達。
保護者達。
全員が見ている。
誰もが。
王太子の言葉を聞いている。
怖かった。
本当に。
そして。
その時だった。
アメリアが。
こちらを見た。
ほんの一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
ミリアは息を呑む。
何故だろう。
確認された。
そんな気がした。
自分が。
この話を知っているのか。
知らないのか。
ただそれだけを。
確認されたような気がした。
そして。
アメリアは静かに礼をした。
「そうですか」
ただそれだけ。
怒らない。
叫ばない。
否定もしない。
それが。
何故だろう。
一番怖かった。
まるで。
何かを理解してしまった人の顔だったから。
そしてアメリアの反応を見て。
ミリアは初めて思う。
これは。
ルーカス様の暴走ではない。
もっと大きい。
もっと嫌な何かが。
ここで動いている。
そして。
それでもなお。
ミリアが一番強く思ったことは。
たった一つだった。
私、何も頼んでいません。
アメリア様を責めてほしいなんて。
罰してほしいなんて。
一度も。
本当に一度も。
その言葉だけだった。
お読み頂き、ありがとうございます。




