第六話 王妃にはなれません
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
夏が近づいていた。
風は暖かく。
木々は青く。
空は高い。
穏やかな日だった。
ミリアは一人で歩いていた。
最近は考え事が増えた。
以前と同じはずなのに。
何かが違う。
理由は分かっている。
ルーカス。
そして。
アメリア。
その二人を知ってしまったからだ。
◇
アメリア・フォン・アルフォード。
あの日以来。
ミリアは時々彼女を見てしまう。
図書館。
中庭。
校舎の廊下。
どこにいても。
やることは変わらない。
本を読む。
報告書を読む。
書類を読む。
紅茶を飲む。
そして。
「平和ですわね」
本気で言う。
ミリアは何度か吹き出しそうになった。
学園中があれだけ大騒ぎしたのに。
本人だけが平和だった。
不思議な人だ。
本当に。
不思議な人だった。
◇
その日の放課後。
ルーカスに呼び出された。
場所はいつもの中庭。
最近は慣れてしまっている。
慣れてはいけないのだろうが。
慣れてしまった。
「来たか」
ルーカスが笑う。
その顔を見るだけで。
胸が温かくなる。
同時に苦しくなる。
二人並んで歩く。
他愛のない話。
本の話。
授業の話。
将来の話。
いつも通り。
だが。
途中で。
ルーカスが立ち止まった。
「ミリア」
声色が違った。
いつもより真剣だった。
ミリアも自然と足を止める。
「以前も言ったな」
ルーカスが言う。
「俺は諦めない」
知っている。
それは何度も聞いた。
「私はまだ返事をしておりません」
「知っている」
「私はまだ怖いのです」
「それも知っている」
即答だった。
だから困る。
この人は本当に。
真っ直ぐだ。
少しだけ沈黙。
風が吹く。
木の葉が揺れる。
「なら聞いてくれ」
ルーカスが言った。
そして。
ミリアの目を見て。
はっきりと言う。
「君と添い遂げたい」
世界が止まった気がした。
ミリアは固まる。
呼吸も。
思考も。
全部。
止まる。
「殿下……」
声が震えた。
ルーカスは構わず続ける。
「君が好きだ」
「……」
「今も」
「……」
「これからも」
「……」
真っ直ぐだった。
逃げ場がないくらい。
真っ直ぐだった。
だから。
ミリアは俯いた。
嬉しい。
泣きたいくらい。
でも。
それと同じくらい。
現実が見えてしまう。
自分は男爵令嬢。
相手は王太子。
そして。
婚約者はアメリア。
公爵令嬢。
未来の王太子妃。
王国中が認める存在。
「私は……」
言葉が出ない。
「私はアメリア様にはなれません」
思わず口にしていた。
ルーカスが一瞬だけ目を見開く。
だが。
すぐ首を振った。
「なってほしいとは思わない」
静かな声だった。
「君は君だ」
その言葉は。
思っていた以上に。
心に刺さった。
「ですが」
ミリアは震える声で言う。
「王妃にはなれません」
それは現実だった。
どう考えても。
無理だった。
「だから」
ルーカスは言った。
「側妃になってくれないか」
沈黙。
本当に長い沈黙だった。
側妃。
つまり。
公式に。
共に生きるということ。
男爵令嬢。
王太子。
側妃。
そんな話が。
本当にあっていいのだろうか。
ミリアは目を閉じた。
思い出す。
春の日。
図書館。
初めて会った日。
笑い合った時間。
苦しかった日々。
嫌がらせ。
孤独。
そして。
アメリア。
『責任は個人にございます』
あの言葉。
なぜか強く残っている。
逃げるのはやめよう。
そう決めた。
少し前に。
自分自身で。
なら。
答えは一つだった。
ゆっくり顔を上げる。
ルーカスを見る。
未来の王。
そして。
好きな人。
「……はい」
ルーカスが固まった。
今度は彼の方だった。
「本当か?」
「はい」
次の瞬間。
今まで見たことがないくらい。
嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て。
ミリアも少し笑った。
きっと。
これで良かったのだと。
そう思った。
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