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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第三章幕間ミリア①

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第五話 逃げるのはやめようと思います

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 あの日から。

 世界が少し変わった。


 劇的ではない。

 本当に少しだけ。


 けれど。

 確かに変わった。



 嫌がらせは減った。

 完全になくなったわけではない。


 だが。

 露骨なものは消えた。


 無視も減った。

 陰口も減った。


 少なくとも以前ほどではない。


 そして何より。

 怖くなくなった。


 理由は分かっている。


 アメリア・フォン・アルフォード。


 あの人がいたからだ。



「ごきげんよう、ミリア様」


「ごきげんよう」


 令嬢達が挨拶を返してくれる。

 以前のように。

 自然に。


 それだけなのに。

 少し嬉しかった。



 ある日。

 ミリアは図書館へ向かった。


 王立学園の図書館。

 巨大な本棚。

 静かな空気。


 そして。

 窓際の特等席。


 そこに。

 アメリアがいた。


 いつものように。


 本を読んでいる。

 紅茶を飲んでいる。

 穏やかな表情。


 まるで。

 何事もなかったかのように。



(本当に不思議な方……)


 ミリアは遠くから見つめる。


 婚約者だ。

 王太子の。


 本来なら。


 一番怒っていてもおかしくない人。

 一番傷付いていてもおかしくない人。


 なのに。


 何故か。

 一番落ち着いている。



「アメリア様」


 侯爵令嬢が話しかける。


「何かあれば仰ってくださいませ」


「ありませんわ」


 即答。


「遠慮なさらず」


「本当にありませんわ」


 ミリアは思わず笑いそうになった。


 何となく分かる。


 本当にないのだ。


 あの人は。

 嘘を言っているわけではなく。


 本気で。

 困っていない。



 その帰り道。


「見ていたな」


 声がした。

 振り向く。


 ルーカスだった。


 最近は見慣れた光景。


 いや。

 慣れてはいけないのだろう。


 でも。

 嬉しかった。



「また会いに来てくださったのですか」


「当然だ」


 当然らしい。

 この人はいつもそうだ。



 二人は中庭を歩く。


 ゆっくり。


 春風が心地良い。



「最近はどうだ」


 ルーカスが聞く。


「どう、とは」


「困っていないか」


 困っている。

 少し前までならそう答えただろう。


 でも。

 今は違う。


「大丈夫です」


 本心だった。


 ルーカスは少しだけ安心したようだった。



 沈黙が落ちる。


 不思議と嫌ではない。


 むしろ心地良かった。



「ミリア」


 不意に。

 ルーカスが足を止めた。



「俺は諦めるつもりはない」


 真っ直ぐな声だった。


 飾りがない。


 いつものように。



「殿下……」


「ルーカスでいい」


「よくありません」


「なら将来そうなる」


 さらりと言う。


 とんでもないことを。



 ミリアは俯いた。


 胸が苦しい。


 嬉しい。


 でも。

 それと同じくらい怖い。


 アメリア様。

 公爵家。

 王家。

 貴族社会。

 責任。


 全部頭に浮かぶ。


「私は」


 ミリアはゆっくり口を開いた。


「まだ答えを出せません」


 ルーカスは黙って聞く。


「怖いのです」


 正直に言った。


「自分が何をしているのか」


「何を選ぼうとしているのか」


「分からなくなる時があります」


 ルーカスは何も言わない。


 ただ聞いている。


「ですが」


 ミリアは空を見上げた。


 青空。

 暖かな春の日。


 思い出す。


 アメリアの言葉。


『責任は個人にございます。』


『男爵令嬢は別です。』


 そして気付いた。


 今まで。

 逃げていた。


 身分差から。

 世間から。

 噂から。


 全部から。


 逃げようとしていた。


 でも。

 アメリアは逃げなかった。


 面倒事から。

 誤解から。

 非難から。


 全部向き合った。


 なら。

 自分も。


 向き合わなければいけない。


「ルーカス様」


 初めてそう呼んだ。


 ルーカスが目を見開く。


「私はまだ未熟です」

「知っている」


「不安です」

「知っている」


「怖いです」

「それも知っている」


 だから。


 ミリアは笑った。


 少しだけ。


「それでも」


「逃げるのはやめようと思います」


 ルーカスが固まる。


 そして。

 ゆっくり笑った。


 心の底から嬉しそうに。


 その笑顔を見て。

 ミリアは思った。


 ああ。

 私は本当に。


 この人が好きなのだと。

お読み頂き、ありがとうございます。

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