幕間 こちら、少しおかしいですわね
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
北部税務局の一件から一ヶ月。
公爵家の空気は明らかに変わっていた。
「聞いたか?」
「何をだ」
「アメリアお嬢様の話だ」
使用人用の食堂。
昼休憩。
皆が小声で話している。
「また誰か飛んだらしい」
「誰だ」
「今度は南部の代官」
「うわぁ……」
全員が顔をしかめた。
飛んだ。
というのは。
アメリアに見つかったという意味である。
公爵家では最近、
奇妙な言葉が広まっていた。
「帳簿は綺麗にしろ」
「アメリア様に見つかるぞ」
まるで子供を叱る時の怪談話だった。
「お前、それ笑えないぞ」
「実際見つけられたしな」
会計係の男が青い顔で呟く。
「去年、俺な」
「おう」
「経費の計算ミスしたんだ」
「へぇ」
「銀貨三枚」
全員が首を傾げた。
「三枚?」
「たった三枚」
男が遠い目をする。
「アメリア様が通りかかって」
全員が黙った。
「"こちら合いませんわね"って」
沈黙。
「三枚だけだぞ?」
「三枚だな」
「なんで分かる」
「知らん」
知らない。
本当に知らない。
だが分かるらしい。
いつの間にかまた話題が始まる。
「この前なんか」
「うん」
「厨房に来た」
料理長が顔をしかめる。
「何もしてないぞ?」
「何もしてない」
「本当にしてない」
全員が頷く。
料理長は真面目だ。
「なのに」
「なのに?」
「砂糖の発注量がおかしいって言われた」
全員が固まる。
「おかしかったのか」
「おかしかった」
料理長が悔しそうに答える。
「今年は保存食を増やしてた」
「なるほど」
「だから砂糖を多めに取ってた」
「それで」
「なんで見ただけで分かるんだ」
再び沈黙。
誰も分からない。
ただ。
見つかる。
なぜか見つかる。
それだけは分かる。
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一方その頃
公爵家図書館。
アメリアは本を読んでいた。
「アメリア様」
メイドが紅茶を置く。
「ありがとう」
アメリアは微笑む。
「最近、皆が頑張っていて助かりますわ」
「そうですね」
「不思議です」
ペラリ。
本をめくる。
「何も言っていないのに」
メイドの口元が引きつる。
何も言っていない。
確かに言っていない。
だが。
アメリアが歩くだけで、
帳簿は整理される。
倉庫は綺麗になる。
勤務表は整う。
経費精算は正確になる。
なぜなら。
誰も見られたくないからだ。
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使用人達の間
「聞いたか?」
「何だ」
「アメリア様」
「うん」
「領地の麦収穫量と出荷数を見ただけで」
「うん」
「横流し見抜いたらしい」
全員が十字を切る。
「やめろ」
「怖い」
「怖い」
「本当に怖い」
若い使用人が震えながら言った。
「でも怒鳴らないだろ?」
その言葉に全員が頷く。
そこなのだ。
アメリアは怒鳴らない。
殴らない。
脅さない。
ただ。
微笑みながら言う。
「こちら、少しおかしいですわね」
それだけ。
それだけで人生が終わる。
だから皆思っていた。
公爵家で一番怖いのは。
公爵でも。
騎士団長でも。
筆頭執事でもない。
図書館の窓際で紅茶を飲んでいる、
十一歳の少女であると。
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