第二話 もう、お会いするのはやめましょう
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
ミリアは眠れなかった。
理由は明確だった。
ルーカス・フォン・レイナード。
王太子。
未来の国王。
そして。
婚約者がいる人。
昨夜知った事実だった。
知らなければよかったと何度も思った。
だが知ってしまった以上、なかったことにはできない。
(私は何をしていたの……)
ベッドの中で顔を覆う。
思い返す。
図書館。
中庭。
何気ない会話。
本の話。
全部楽しかった。
だからこそ苦しかった。
最初から分かっていれば。
距離を取れた。
期待もしなかった。
だが。
もう遅い。
好きになってしまった。
本当に。
どうしようもないくらい。
◇
翌日。
ミリアは決意していた。
終わりにしよう。
きちんとお伝えしよう。
身分差の問題ではない。
婚約者のいる方と親しくするべきではない。
それだけだ。
何も間違っていない。
だから。
いつもの中庭へ向かった。
そこには。
やはり彼がいた。
「遅かったな」
いつも通り笑う。
その笑顔を見るだけで胸が苦しくなる。
(駄目です)
ミリアは自分に言い聞かせた。
「お話があります」
声が震えた。
ルーカスの表情が少し変わる。
「どうした?」
ミリアは深呼吸した。
そして。
「もう、お会いするのはやめましょう」
沈黙。
ルーカスが固まった。
「……何故だ」
「何故も何もありません」
言葉を続ける。
「殿下には婚約者がおられます」
初めて。
ルーカスの顔から笑みが消える。
「誰に聞いた」
「そんなことは関係ありません」
ミリアは首を振った。
「私は男爵令嬢です」
「だから何だ」
「アメリア様は公爵令嬢です」
「関係ない」
即答。
ミリアの胸が痛んだ。
関係ある。
とても。
だからこそ。
「私には関係があります」
そう答えた。
「これ以上はご迷惑になります」
「誰に」
「皆様にです」
「俺は迷惑だと思っていない」
「殿下」
「ルーカスでいい」
「よくありません」
泣きそうになる。
優しいから。
真っ直ぐだから。
だから余計に駄目だった。
「失礼いたします」
ミリアは頭を下げた。
そして。
その場を去った。
振り返らなかった。
◇
終わった。
はずだった。
だが終わらなかった。
三日後。
図書館。
ミリアは本を読んでいた。
「見つけた」
声。
顔を上げる。
ルーカスだった。
「殿下!?」
「探した」
さらりと言う。
さらりと言うことではない。
「何故ですか!?」
「会いたかったからだ」
周囲の視線が集まる。
ミリアの顔が真っ赤になった。
「おやめください!」
「何故だ」
「何故も何もありません!」
本当に何故だった。
そして。
その日を境に。
学園内で。
少しずつ。
本当に少しずつ。
空気が変わり始めた。
◇
最初は気のせいだと思った。
挨拶を返してもらえない。
お茶会の誘いが来ない。
会話が止まる。
視線を感じる。
ただの思い込みだと思った。
そうであってほしかった。
だが。
ある日。
「男爵令嬢のくせに」
ぽつりと聞こえた。
足が止まる。
「身の程を知るべきですわ」
笑い声。
振り返る。
誰もこちらを見ていない。
だから余計に辛かった。
◇
その夜。
ミリアは一人で泣いた。
怖かった。
苦しかった。
何が正しいのか分からなかった。
離れようとした。
なのに追いかけてくる。
拒絶される。
そして。
申し訳なかった。
アメリア・フォン・アルフォード。
一度も言葉を交わしたことはない。
だが知っている。
学園一の才女。
王太子妃候補。
誰もが認める女性。
そんな方の婚約者と。
自分は何をしているのだろう。
胸が痛んだ。
だから。
ミリアはまだ知らない。
その公爵令嬢が。
自分を憎んでいないことを。
婚約者を取られたと思ってもいないことを。
そもそも。
『業務に支障が出なければ問題ありませんわ』
などと言っていることを。
そして。
その公爵令嬢が近いうちに。
学園全体を巻き込む監査を始めることを。
まだ。
誰も知らなかった。
お読み頂き、ありがとうございます。




