第一話 好きです
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
ミリア・ローゼンは緊張していた。
入学して一週間。
男爵令嬢である彼女にとって、この王立学園は眩しすぎる場所だった。
侯爵令嬢。
伯爵令嬢。
公爵令嬢。
見上げるような身分の令嬢達が普通に歩いている。
会話一つするにも気を遣う。
失礼があってはならない。
ご迷惑をおかけしてもいけない。
そんなことばかり考えていた。
だから。
図書館は好きだった。
静かだから。
誰も身分を気にしないから。
本だけは平等だから。
その日も。
昼休みを利用して図書館へ向かった。
借りていた本を返し、新しい本を探す。
それだけだった。
「それ、面白いのか?」
突然声を掛けられる。
ミリアはびくりと肩を震わせた。
「ひゃっ!?」
慌てて振り向く。
そこには一人の少年が立っていた。
整った顔立ち。
金色の髪。
青い瞳。
だが制服以外に特別なものはない。
貴族なのだろうとは思う。
けれど誰かは分からなかった。
「すまない」
少年は少し慌てていた。
「驚かせるつもりはなかった」
「い、いえ」
ミリアは胸を押さえた。
心臓が跳ねている。
驚いたからだ。
決して別の理由ではない。
多分。
「本が好きなのか?」
少年が聞く。
「好きです」
「そうか」
少し嬉しそうに笑う。
「俺もだ」
それが。
最初の会話だった。
◇
二回目は偶然だった。
本当に偶然だった。
三日後。
同じ図書館。
同じ棚。
「あ」
「あ」
同時だった。
少年が先に笑った。
「また会ったな」
「そうですね」
ミリアも少しだけ笑う。
それから。
本の話をした。
好きな作家。
好きな英雄譚。
好きな歴史書。
驚くほど話しやすかった。
不思議だった。
相手が誰かも知らない。
名前も知らない。
なのに。
友人と話しているような気がした。
◇
三回目。
四回目。
五回目。
偶然は続く。
本当に偶然なのかは分からない。
だが。
ミリアは嬉しかった。
昼休みになると少しだけ期待する。
今日はいるだろうか。
会えなければ少し残念で。
会えれば少し嬉しい。
そんな日々。
◇
「君は面白いな」
中庭。
春風が吹いている。
少年が笑った。
「そうでしょうか」
「普通は貴族の権威とか権力とかに興味がある」
「ありません」
即答だった。
少年が笑う。
「即答だな」
「面倒そうですので」
今度は大笑いだった。
ミリアは少しだけむっとする。
「そんなに変でしょうか」
「いや」
少年は首を横に振った。
「いいと思う」
その言葉が。
少しだけ嬉しかった。
◇
ある日。
いつものように会う約束をしていた。
だが。
遠くから声が聞こえてきた。
「ルーカス殿下!」
ミリアの足が止まる。
殿下。
聞き間違いかと思った。
だが。
聞き間違いではなかった。
「後ほど行く」
いつもと同じ声。
いつもと同じ人。
ただ一つ違った。
その人は。
王太子だった。
◇
その夜。
ミリアは眠れなかった。
王太子。
未来の国王。
ルーカス・フォン・レイナード。
何度も教科書で見た名前。
何度も噂を聞いた名前。
そして。
婚約者がいる。
アメリア・フォン・アルフォード。
公爵令嬢。
学園始まって以来の才女。
誰もが認める王太子妃候補。
勝てるはずがない。
いや。
勝つとか負けるとか。
そういう問題ではない。
最初から。
自分がいてはいけない場所だったのだ。
ミリアは静かに目を閉じた。
次会ったら。
きちんと伝えよう。
もう会えないと。
身を引こう。
それが正しい。
それが貴族として正しい。
それが。
きっと一番傷付く人が少ない。
そう思った。
だからまだ知らない。
その決意が。
未来の王国を揺るがす騒動の始まりになることを。
そして。
自分が尊敬することになる一人の公爵令嬢と出会うのが。
もうすぐであることを。
お読み頂き、ありがとうございます。




