第一話 帳簿を拝見しても?
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
監査局は平和だった。
本当に平和だった。
実に素晴らしい。
書類。
帳簿。
予算書。
決算書。
どれも嘘をつかない。
どれも裏切らない。
少なくとも人間よりは。
アメリアは紅茶を一口飲んだ。
「平和ですわね」
幸せだった。
本当に。
◇
「局長」
「何かしら」
「来客です」
嫌な予感がした。
最近の来客は大抵仕事を持ってくる。
非常に迷惑だった。
「どなたでしょう」
「第二王子殿下です」
予感的中。
アメリアは静かに目を閉じた。
(増えますわね)
仕事が。
◇応接室
アルフレッドは椅子へ腰掛けた瞬間に言った。
「助けてくれ」
開口一番だった。
アメリアは固まる。
本当に少しだけ。
「なぜ監査局の私が?」
「そう言うと思った」
アルフレッドは深いため息を吐く。
最近の定番だった。
「外交案件だ」
「外務省へ」
即答。
外交なら外交官である。
監査局ではない。
当然だった。
「武器横流し疑惑がある」
沈黙。
部屋が静かになる。
アメリアの手が止まった。
「……武器ですか」
「ああ」
「横流しですか」
「ああ」
「疑惑ですか」
「ああ」
一拍。
そして。
アメリアは頷いた。
「お仕事ですわね」
「やっぱりな」
アルフレッドは頭を抱えた。
王家の頼み。 ×
王族のお願い。 ×
国家の危機。 △
不正。 ◎
完全に攻略法が確立していた。
◇三日後
外交調査団が編成された。
外務省。
軍部。
監査局。
そして護衛として教会騎士団。
かなり大規模だった。
「教会も参加するのですの?」
アメリアが資料をめくる。
「護衛任務だ」
アルフレッドが答えた。
「国境を越える以上、必要になる」
「なるほど」
理屈は理解できた。
だからそれ以上興味を失う。
問題はそこではない。
武器横流しである。
◇王都出発前
調査団集合。
様々な人間が行き交う中。
一人の男がアメリアへ近付いてきた。
白い法衣。
穏やかな笑み。
独特の存在感。
「監査局長とお見受けします」
「そうですが」
「お初にお目にかかります。教皇ユリウスです」
「アメリア・フォン・アルフォードにございます」
互いに礼。
完璧だった。
そして。
アメリアは聞いた。
「帳簿を拝見しても?」
周囲が固まる。
初対面だった。
本当に初対面だった。
だがアメリアには関係ない。
重要なのは帳簿である。
「……私どもも調査対象となりますか」
教皇が少し意外そうに聞く。
「当然ですわ」
アメリアは頷いた。
「今回は外交が絡んだ横流し案件です」
「王国」
「東方連盟」
「教会」
「関係する全ての組織を確認いたします」
一拍。
「白であれば、それで終わりですので」
教皇は一瞬だけ目を丸くした。
そして微笑む。
「どうぞ」
◇十分後
アメリアは帳簿を閉じた。
「問題ございませんわね」
静かな声。
本当に何もなかった。
横領。
架空計上。
二重計上。
備品不正。
全部無い。
綺麗だった。
驚くほど。
「当然です」
教皇は穏やかに答える。
「誤魔化しては信頼を失いますから」
「左様ですか」
アメリアは頷いた。
そして興味を失った。
白だから。
以上である。
◇
教皇ユリウスはアメリアの背中を眺めていた。
変わっている。
本当に変わっている。
権力に興味がない。
教会にも興味がない。
教皇にも興味がない。
帳簿しか見ていない。
「なるほど」
小さく笑う。
噂以上だった。
◇出発の日
馬車列が動き始める。
東方連盟へ。
武器横流しの真相を追うため。
アメリアは資料を開いた。
既に仕事モードだった。
「局長」
「何かしら」
「旅ですよ?」
監査局職員が苦笑する。
アメリアは首を傾げた。
「違いますわ」
「違うのですか」
「仕事です」
即答だった。
こうして。
監査局長アメリア・フォン・アルフォードの外交監査が始まった。
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