第四話 仕事をしてくださいませ
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
監査局。
今日も平和だった。
書類。
帳簿。
予算。
実に良い。
非常に良い。
アメリアは静かに赤ペンを走らせていた。
そこで。
扉が叩かれる。
「局長」
「何かしら」
「来客です」
嫌な予感。
最近多い。
本当に多い。
「どなたでしょう」
「ルーカス殿下です」
アメリアの手が止まる。
一秒。
二秒。
そして再び動き出した。
「お通ししてください」
仕事を止めたくなかった。
非常に。
◇応接室
ルーカスは以前より痩せて見えた。
疲れている。
明らかに。
「久しぶりだな」
「ご機嫌よう」
アメリアはいつも通りだった。
完璧な礼。
完璧な笑顔。
変わらない。
それが逆に辛かった。
「アメリア」
「何でしょう」
ルーカスは言葉に詰まる。
聞きたいことは沢山あった。
謝りたいことも。
伝えたいことも。
だが。
一番最初に出たのは。
「すまなかった」
それだった。
アメリアは首を傾げる。
「そうですか」
終わり。
終わってしまった。
ルーカスが固まる。
「……それだけか?」
「何がでしょう」
本気だった。
本当に。
本気で分からない。
「怒っていないのか」
アメリアは少し考えた。
そして。
「怒る理由がございません」
ルーカスが黙る。
「私はお前を投獄した」
「はい」
「婚約を破棄した」
「はい」
「信じなかった」
「はい」
「なら――」
アメリアは言葉を遮った。
「終わった話ですので」
沈黙。
部屋が静かになる。
そして。
ルーカスは初めて理解する。
許されたのではない。
違う。
終わったのだ。
完全に。
過去として。
処理済みの案件として。
◇監査局の廊下
ルーカスは帰り道を歩く。
苦しかった。
謝って。
怒鳴られて。
殴られて。
恨まれた方が楽だった。
だがアメリアは違った。
本当に終わった話として扱った。
それが一番痛かった。
◇翌週
「アメリア」
「ご機嫌よう」
また来た。
ルーカス。
監査局職員達は見慣れていた。
最近毎週来る。
本当に毎週来る。
「時間はあるか」
「ございません」
即答。
書類から目も離さない。
ルーカスが固まる。
「忙しいのか」
「監査中ですので」
正論だった。
ぐうの音も出ない。
◇そしてさらに翌週
「アメリア」
「何でしょう」
「昼は食べたか」
アメリアは顔を上げた。
そして時計を見る。
昼だった。
初めて気付いた。
「まだですわね」
「一緒に――」
「結構です」
即答。
ルーカス撃沈。
周囲の職員も少し同情した。
◇一ヶ月後
ルーカスはまだ来ていた。
毎週。
本当に毎週。
監査局へ。
アメリアはついに理解する。
問題が発生している。
原因。
ルーカス。
結果。
定期的に仕事が止まる。
非常に良くない。
そして。
その日の夕方。
ルーカスがまた現れた。
「アメリア」
「殿下」
静かな声だった。
あまりにも静かな。
有害物質の件で生徒会へ入る前。
男爵令嬢の件で令嬢達を呼び出した時。
似た声だった。
職員達が震える。
「何だ」
ルーカスは気付かない。
アメリアは笑顔だった。
完璧な笑顔。
そして。
静かに言った。
「仕事をしてくださいませ」
沈黙。
「……」
「……」
「私はしております」
アメリアは続ける。
「第二王子殿下もしております」
「……」
「皆様しております」
「……」
「何故、殿下だけ毎週ここへいらっしゃるのでしょう」
ルーカスが固まった。
言い返せない。
一切。
何も。
言い返せない。
そしてアメリアは心の中で考える。
王国の問題。
↓
仕事の停滞。
↓
意思決定の遅延。
↓
監査局への相談増加。
共通点。
ルーカス。
沈黙。
長い沈黙。
そして。
アメリアは初めて。
ある結論へ到達した。
(配置転換した方が良いのではありませんの?)
非常に合理的な結論だった。
問題は。
その配置転換先が。
”王太子の座”だったことである。
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