第五話 面白いですわね
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
旧監査局。
そこは十年前に機能停止した部署だった。
そして今。
十年分の帳簿。
十年分の契約書。
十年分の予算書。
十年分の不正。
全てがアメリアの机に積まれていた。
「……」
静かだった。
紙をめくる音だけが響く。
兵士達は最初こそ監視していた。
だが三日目には気付く。
逃げない。
騒がない。
文句も言わない。
ひたすら働いている。
牢屋より快適そうな顔で。
「何故だ……」
看守が呟いた。
「普通逆だろ……」
隣の看守も頷く。
王太子妃候補。
婚約破棄。
投獄。
人生終了。
そういう状況である。
普通なら泣く。
怒る。
絶望する。
だが。
アメリアは。
「こちらも不正ですわね」
赤ペンを走らせていた。
楽しそうに。
少しだけ。
本当に少しだけ。
◇十日後
旧監査局は地獄になっていた。
「財務局へ」
アメリアが書類を渡す。
「は?」
「こちらの部署、横領です」
担当官が固まる。
「こちらは?」
「架空発注です」
「こっちは?」
「身内企業への利益供与ですわね」
担当官の顔色が消える。
そして。
「えっと……何件?」
アメリアは書類をめくった。
「今週分ですか?」
「今週分だ」
「三十二件ですわ」
担当官が天を仰いだ。
今週分。
今週分である。
つまり来週もある。
再来週もある。
絶望だった。
◇財務局
「何だこれは!」
怒号が飛ぶ。
証拠。
証拠。
証拠。
全部揃っていた。
言い逃れ不能。
完璧。
アメリアらしい仕事だった。
「誰が作った!」
「アメリア・フォン・アルフォードです」
沈黙。
全員黙る。
「……王太子の元婚約者がなぜ?」
「投獄されているはずでは?」
当然の疑問が飛び交う。
担当官が口ごもりながら言う。
「……恩赦です。十年分の書類を仕分ければ、釈放してやると宰相閣下が……」
全員が目を覆い、天を見上げた。
「……わけがわからない」
◇王城
宰相室。
「現在の報告です」
部下が青い顔で書類を差し出す。
宰相は目を通した。
そして固まる。
「待て」
「はい」
「逮捕は何人だ」
「二十三人です」
「十日で?」
「はい」
沈黙。
長い沈黙。
「予算回収額は」
部下が震える。
「過去最高です」
沈黙。
「監査局の予算は」
「三倍になりました」
さらに沈黙。
何故こうなった。
投獄した。
隔離した。
黙らせるつもりだった。
ところが。
王国史上最高の監査官が生まれていた。
「……」
宰相は頭を押さえた。
嫌な予感がする。
非常に嫌な予感が。
アメリアを表舞台から消した。
その結果。
本来見つからなかったはずの不正が見つかり始めている。
そして。
その不正は。
どこまで繋がっている?
冷や汗が流れた。
◇同時刻
旧監査局。
アメリアは新しい帳簿を開いていた。
静かだった。
実に静かだった。
有害物質はいない。
男爵令嬢もいない。
東方皇子もいない。
書類しかない。
素晴らしい。
本当に素晴らしい。
「お茶です」
看守が持ってくる。
「ありがとう存じます」
アメリアは微笑んだ。
看守はぎょっとする。
最近気付いた。
この人。
牢屋生活をそれなりに満喫している。
おかしい。
非常におかしい。
アメリアは紅茶を一口飲んだ。
そして次の帳簿を開く。
一ページ。
二ページ。
三ページ。
ぴたりと手が止まった。
「……あら」
珍しい。
本当に珍しい。
アメリアが声を漏らした。
看守が振り返る。
「どうしました?」
アメリアは書類を見つめていた。
その表情から笑みが消えている。
「これ」
静かな声。
「面白いですわね」
看守は知らない。
その帳簿の先に。
宰相派貴族の名前が並んでいることを。
そして。
アメリアがようやく。
黒幕へ続く糸を見つけたことを。
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