第二話 仕事が増えますので
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
アメリアは学園へ向かう馬車の中で資料を読んでいた。
『東方連盟第三皇子 レイ・シェン』
経歴。
家族構成。
好物。
趣味。
政治的立場。
東方連盟内部の派閥。
全て頭に入っている。
「お嬢様」
「何かしら」
「昨夜で覚えたのですか?」
「当然でしょう」
当然ではない。
執事は心の中でそう思った。
だが口には出さなかった。
アメリアはこういう人間である。
仕事を渡される。
↓
終わらせる。
↓
次へ行く。
ただそれだけ。
そこに感情はあまりない。
「まずは歓迎行事でしたわね」
アメリアは資料を閉じた。
そして小さくため息を吐く。
(早く終わらせましょう)
◇学園
歓迎行事は予定通り進んだ。
案内。
施設説明。
歴史紹介。
交流会。
全て完璧。
あまりにも完璧だった。
「驚いた」
レイが言う。
「何がでしょう」
「君は本当に学生か?」
アメリアは首を傾げた。
「学生ですが」
「違う」
レイは小さく笑う。
「宮廷外交官と言われても信じる」
アメリアは少し考えた。
そして結論を出す。
「褒めすぎでは?」
本気だった。
レイは吹き出した。
本当に面白い。
これだけのことをやっておいて自覚がない。
普通なら。
自慢する。
誇る。
少しは得意気になる。
だがアメリアは違う。
やるべきことをやっただけ。
本気でそう思っている。
◇昼食会
会場には各国料理が並んでいた。
王国風。
北方風。
東方風。
様々だ。
「こちらはいかがでしょう」
アメリアが東方料理を勧める。
「知っているのか?」
「多少は」
多少ではない。
レイは昨日からそれを痛感している。
文化。
歴史。
芸術。
宗教。
交易。
東方連盟について、驚くほど理解している。
「王妃教育ですわ」
本人は毎回そう言う。
だが。
王妃教育でここまで完璧に覚える人間をレイは知らなかった。
◇数日後
歓迎行事も終盤へ差し掛かっていた。
アメリアは満足していた。
大きな問題はない。
外交上の失点もない。
予定通り。
実に予定通り。
素晴らしい。
(あと少しですわね)
終わりが見えてきた。
その時だった。
「アメリア嬢」
レイに呼び止められる。
「何でしょう」
「少し時間はあるか」
ある。
だが無いと言いたかった。
なぜなら。
終盤になるほど気付いていたから。
この皇子。
自分をよく呼ぶ。
かなり呼ぶ。
明らかに呼ぶ。
その度に仕事が増えている。
微妙に。
本当に微妙に。
だが。
増えている。
「承ります」
仕事だから断れない。
二人は庭園を歩く。
しばらく沈黙。
そしてレイが口を開いた。
「君は東方へ興味はあるか」
「ございます」
即答。
「文化も興味深いですし」
「歴史も面白いかと」
「交易も盛んです」
仕事の話だった。
完全に。
レイは少し笑う。
「君らしいな」
「そうでしょうか」
「そうだ」
そして。
レイはふと真顔になった。
「もし機会があれば」
アメリアが顔を上げる。
「東方へ来ないか」
沈黙。
風が吹く。
鳥が鳴く。
数秒。
アメリアは考える。
本気で考える。
そして結論を出した。
「お断りいたします」
断言だった。
さすがのレイも固まる。
「意志が固いな」
「固いですか?」
「かなり」
アメリアは首を傾げた。
「理由を聞いても?」
聞くのか。
そう思った。
だが答える。
「仕事が増えますので」
沈黙。
再び沈黙。
そして。
レイは腹を抱えて笑い始めた。
「はははははっ!」
本気で笑っている。
王族らしからぬほど。
アメリアは困惑した。
「何かおかしなことを?」
「いや」
レイは笑い続ける。
「本当に君は面白い」
アメリアは理解できなかった。
本当に理解できなかった。
自分は極めて常識的なことを言ったはずなのに。
東方へ行く。
↓
環境が変わる。
↓
仕事が増える。
当然である。
あまりにも当然だった。
だから。
その言葉が一人の皇子の心に決定打を与えたことを。
アメリアだけは知らなかったのである。
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