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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第三章 令嬢編

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第三話 少々困りますわね

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 アメリアは知らない。

 本当に知らない。

 自分が学園内でどのように見られているのかを。


 昼休み。

 中庭。


「本当に素敵な方ですわよね」


 侯爵令嬢がため息を吐く。


「ええ」


 伯爵令嬢も頷く。


 その視線の先。


 アメリアが座っている。


 本を読みながら。

 紅茶を飲みながら。

 普段通り。


 それだけだった。


 だが。


「普通なら許せませんわ」


「当然です」


「婚約者が他の令嬢に夢中になっているのですもの」


 声が沈む。


 友人の男爵令嬢が恐る恐る尋ねる。


「アメリア様は本当に気になさらないのですか?」


 侯爵令嬢は苦笑した。


「気にしておられると思いますわ」


「ですが」


「口に出さないだけ」


 誰も否定しない。


 アメリアはそういう人だから。


 苦労を口にしない。

 不満も口にしない。

 誰かを責めない。


 だから皆勝手に勘違いする。


 きっと我慢しているのだと。

 きっと傷ついているのだと。


 実際は違う。


 アメリアは昨夜。


『休日が増えれば良いのですけれど』


 そう考えていた。


 男爵令嬢のことなど三十秒で忘れていた。


 けれど、人の心の内は誰にもわからないものである。


◇同時刻


 生徒会室。


「また増えてるな」


 副会長が窓の外を見ながら言った。


「増えてますね」


 会計担当も頷く。


 視線の先。


 アメリア。


 そして。

 その周囲の令嬢達。


 去年より多い。

 明らかに。


「本人は分かってないんだろうな」


「絶対に分かってない」


 即答だった。


「何故増えるのか分かってない顔だ」


 全員同意した。


 そして。

 生徒会長クラウスがぽつりと言う。


「まあ」


「何だ」


「仕方ないだろう」


 窓の外を見る。


「去年の学園祭の件だってそうだ」


「そうだな」


「全部殿下の功績にした」


「意味が分からん」


 剣術担当が今でも納得していない顔をする。


「だが」


 クラウスが苦笑した。


「俺は最近分かってきた」


「何がだ?」


 一拍。


「アメリア嬢」


「うん」


「たぶん善人じゃない」


 静まり返る。


「どういう意味だ?」


「そのままだ」


 クラウスは笑う。


「領民を救おうとも思ってない」


「うん」


「学園を良くしようとも思ってない」


「うん」


「王国を良くしようとも思ってない」


「うん」


「全部結果論だ」


 全員黙る。


 妙に納得してしまった。


 確かにそうだった。


 学園祭だって。

 改革だって。


 全部。


 本人は別に大義名分で動いていない。


 なのに。

 助かる人間がいる。

 救われる人間がいる。

 環境が良くなる。


 だから。

 副会長が小さく笑った。


「一番厄介な種類の善人だな」


「そうかもしれん」


 生徒会長も頷く。


「本人だけが違うと言いそうだが」


「間違いない」


 笑いが起きる。


 そして。

 その瞬間だった。


 生徒会室の扉が勢いよく開いた。


「大変です!」


 一年生の役員が飛び込んでくる。


 全員が顔を上げる。


「何だ」


「またです!」


「また?」


「王太子殿下と男爵令嬢が!」


 室内が静まり返る。


 一瞬の沈黙。


 そして。

 全員が同時に。

 窓の外の銀髪の令嬢を見た。


 当の本人。

 本を読んでいる。


 気付いていない。

 一切気付いていない。


 生徒会長は思った。


 この人が本気で怒る日は来るのだろうか。


 そして。

 もし来るのなら。


 それは男爵令嬢のせいでも。

 婚約者の浮気でもない。


 もっと別の理由だろう。


 たぶん。


 仕事だ。


 その予感だけは。

 生徒会全員一致だった。


◇翌日

 

 生徒会室。


「またです!」


 一年生役員の報告に全員が頭を抱える。


「今度は何だ」


 生徒会長クラウスが聞く。


「殿下が男爵令嬢と授業を抜け出したそうです」


「何時間目だ」


「王太子教育です」


 沈黙。


 全員が天井を見上げた。


 それは不味い。

 純粋に不味い。


 恋愛だからではない。


 王太子教育だからだ。


「誰が対応した」


「王城から来ていた教育官が」


「怒ったか」


「怒りました」


「当然だな」


 会計担当がため息を吐く。


 ここ最近増えている。


 授業遅刻。

 王太子教育欠席。

 公務訓練欠席。


 原因は同じ。


 男爵令嬢。


「で」


 副会長が聞く。


「アメリア嬢は?」


「図書館です」


 全員納得した。


 そうだろうなと思った。


 絶対に図書館だ。


---


 図書館。


 アメリアは静かに本を読んでいる。


「アメリア様」


「ご機嫌よう」


 令嬢達が集まる。


 だが今日は少し違った。

 皆が何か言いたそうだった。


「何かございましたか?」


 アメリアが尋ねる。


 全員が顔を見合わせる。


 そして侯爵令嬢が代表して口を開く。


「アメリア様」


「はい」


「殿下の件です」


 アメリアの指が止まる。


 止まるが。

 別に傷付いたわけではない。


(また皆様、そのお話ですの)


 という感覚である。


「何か問題でも?」


 令嬢達が絶句する。


 本当に分かっていない。


「問題しかありません!」


 伯爵令嬢が珍しく声を荒げた。


「王太子教育を放り出しているのですよ!?」


「そうですわね」


「公務訓練も!」


「そのようですわね」


「大問題ではありませんか!」


 アメリアは少し考えた。


 そして。


「殿下の成績が下がりますわね」


 令嬢達が固まる。


 そこか。


 そこなのか。


「アメリア様……」


「何かしら」


「怒らないのですか?」


 アメリアは首を傾げた。


「何故?」


「何故って……」


 誰も言葉が続かない。


 浮気だの婚約者だの。


 そういう話をしたいのではない。


 だが。

 アメリアの関心はそこにない。


「勉学を疎かにするのは感心いたしませんわ」


 珍しくアメリアが眉を寄せる。


「王太子教育には多額の予算が使われておりますし」


 令嬢達が顔を覆う。


 やっぱりそこだった。


「教育官の方も準備をしておられます」


「はい……」


「時間は有限です」


「そうですね……」


「ですので少々困りますわね」


 少々。


 少々ではない。


 全員が思った。


 だが同時に。


 侯爵令嬢は気付く。


 アメリアが初めて。


 本当に初めて。


 男爵令嬢の件で不満を漏らした。


 ほんの少し。


 ほんのわずか。


 だが確実に。


「……そうですわよね」


 侯爵令嬢が静かに頷く。


「時間は有限ですものね」


 その瞬間。


 令嬢達の脳内で変換された。


 アメリアの言葉

 ↓

「王太子が公務を放棄している」

 ↓

「その皺寄せがアメリア様へ来ている」

 ↓

「アメリア様が苦労している」


 そして。


 全員の目の色が変わる。


 アメリアは知らない。


 ただ一言、


「少々困りますわね」


 と漏らしただけなのに。


 その日の夕方から、

 学園中の令嬢達による

『王太子と男爵令嬢監視網』

 が本格的に動き始めることを。

お読み頂き、ありがとうございます。

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