第二話 馬鹿ですわね……
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王城。
監査局地下保管庫。
そこは滅多に人が立ち入らない場所だった。
厚い石壁。
並ぶ書架。
積み上げられた箱。
保存用の棚。
王国中から集められた資料が眠る場所。
そして今。
その地下に多くの人間がいた。
◇
「こっちも開けろ!」
「第三保管棚の資料は全て確認!」
「年度別整理は後回しだ!」
「まず非常時関連を探せ!」
監査局員達が慌ただしく動いている。
軍務省職員。
王城文官。
地方担当官。
いつもなら接点の少ない者達まで集まっていた。
理由は一つ。
アメリアが残した資料を探すためだった。
アルフレッドは箱を開く。
中には分厚い帳簿。
橋梁監査報告書。
地方道路調査記録。
そして。
「何だこれは……」
思わず呟く。
『西部街道老朽化による代替輸送経路案』
数年前の資料。
戦争前。
平時に作られたものだった。
だが中身は違う。
主要街道が使用不能になった場合。
洪水が起きた場合。
橋が崩落した場合。
代替ルート。
必要荷馬車数。
輸送時間。
補給能力。
全て記載されている。
アルフレッドがページをめくる。
さらに驚く。
「西部だけじゃない……」
北部。
東部。
南部。
全地域がある。
「こちらも見つかりました!」
局員が駆けてくる。
両腕いっぱいの資料。
『地方備蓄一覧』
『修道院支援網』
『孤児院給食維持計画』
『災害時医療拠点転換案』
次々と机へ積まれる。
ルーカスが資料を読む。
そして顔をしかめた。
「何故こんなものを作っていた」
監査局副局長が苦笑する。
「局長ですから」
それだけで説明になっていた。
ミリアも資料へ手を伸ばす。
古い書類。
丁寧な文字。
見慣れた筆跡。
アメリアの字だった。
『東西物流寸断時における代替商会網利用計画』
ページを開く。
そこには商会名。
責任者。
輸送能力。
緊急連絡先。
荷馬車保有台数。
倉庫規模。
取扱品目。
細かく記載されている。
まるで。
この日が来ることを知っていたかのように。
だが違う。
アメリアは戦争を予想していたわけではない。
そんな性格ではない。
ただ。
仕事を減らすために。
問題が起きる前に整理しただけだ。
それだけだった。
「あいつらしいな……」
アルフレッドが呟く。
「ええ」
ミリアが頷く。
自然と笑みが零れた。
「問題が起きてから動くのを嫌っていましたから」
思い出す。
『事後対応は非効率です』
『予防できるなら予防した方が楽でしょう?』
『面倒ですので』
当時は理解できなかった。
だが今なら分かる。
アメリアは楽をしたかった。
本当に。
心の底から。
だから準備した。
だから残した。
そして。
その結果。
王国が救われようとしている。
◇
昼過ぎ。
発見された資料が大会議室へ運び込まれる。
机の上を埋める山。
ルーカスが頭を抱えた。
「まだあるのか」
「あります」
副局長が即答する。
「まだ三分の一です」
沈黙。
全員が固まる。
「三分の一……?」
「はい」
「残りも整理中です」
会議室に奇妙な空気が流れる。
誰かが小さく呟いた。
「どれだけ作っていたんだ……」
その時だった。
監査局員の一人が声を上げる。
「局長の個別保管箱です!」
全員が振り向く。
運ばれてきた木箱。
鍵付き。
局長専用。
アメリア以外がほとんど触れていなかった箱だった。
「開けます」
副局長が鍵を回す。
蓋が開く。
中には整然と並んだ資料。
全員が固まった。
そこに記されていた題名。
『王国非常時統制計画』
『戦時物流移行手順』
『大規模災害発生時行動指針』
『地方統治維持計画』
『王国機能継続計画』
会議室が静まり返る。
誰も言葉を失っていた。
戦争準備ではない。
クーデター対策でもない。
王国そのものが機能不全に陥った場合の復旧計画。
王国という組織の。
取扱説明書だった。
「馬鹿ですわね……」
気付けば。
ミリアが呟いていた。
皆が振り向く。
だが否定する者はいない。
「仕事を減らしたいと」
「ずっと言っていたのに」
アメリアの席を見る。
空席。
もういない席。
それでも。
まるで今もそこに座り、
『当然でしょう?』
と言っている気がした。
ミリアは一冊の資料を手に取る。
表紙を撫でる。
そして静かに言った。
「やはり」
全員が見る。
ミリアは少しだけ笑った。
寂しく。
誇らしく。
泣きそうな顔で。
「アメリアは必ず残していました」
静かな声だった。
「自分がいなくても」
「誰かが使えるように」
誰も何も言わなかった。
言えなかった。
だって。
机の上に積まれた資料全てが。
その言葉の証明だったから。
◇
その夜。
王国中の文官達が呼び集められる。
軍も。
監査局も。
地方官も。
商会も。
全てが動き始める。
アメリアの残した資料を中心として。
巨大な歯車が。
ゆっくりと回り始めていた。
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