第三話 私達はアメリア様にはなれません
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王城大会議室。
机の上は資料で埋め尽くされていた。
橋梁監査記録。
地方備蓄一覧。
河川輸送網。
商会協力名簿。
修道院支援網。
非常時輸送計画。
王国機能継続計画。
その全てに共通しているものがある。
アメリアの筆跡だった。
「まだ増えるのか……」
アルフレッドが呆れたように言う。
横では文官達が次々と資料を整理していた。
「こちらは南部街道関連です」
「東部物流網資料も発見されました」
「非常時医療拠点一覧を確認中です」
終わらない。
本当に終わらない。
見つける度に新しい資料が出てくる。
誰もが同じ感想だった。
どこまで準備していたのだ、と。
ルーカスが一冊の資料をめくる。
『大規模災害発生時地方官権限移譲案』
数年前のものだった。
戦争どころか平時に作られた資料。
だが内容は驚くべきものだった。
中央機能が麻痺した場合。
街道が寸断された場合。
主要都市が孤立した場合。
それぞれの対応策がまとめられている。
「災害対応……か」
ルーカスが呟く。
「戦争を想定したものではありませんな」
軍務大臣が言う。
そして少し考え込む。
「ですが使えます」
「十分に」
周囲も頷いた。
使える。
むしろ驚くほど使える。
戦争のために作られた資料ではない。
それでも。
国家危機への対応という意味では共通だった。
会議は資料確認から分析へ移っていた。
「避難民輸送はこの計画を流用できます」
「河川輸送網も活用可能ですな」
「地方備蓄の再配置も可能かと」
「東方連盟との連携にも利用できます」
次々と意見が出る。
前向きな意見だった。
敗北以来。
初めてだった。
議論の中心が失敗ではなく。
未来へ向いている。
その時だった。
「本当に」
誰かが呟く。
小さな声だった。
「ここまで残していたとは」
静かになる会議室。
誰もが同じことを考えていた。
アメリアは何を見ていたのか。
何を想定していたのか。
どうしてこんなものを作ったのか。
そこで。
ミリアが小さく笑った。
皆が振り向く。
久しぶりだった。
彼女がそんな風に笑ったのは。
「当然です」
穏やかな声だった。
「アメリアですから」
会議室が静かになる。
ミリアは積まれた資料を見る。
そして。
空席を見る。
あの席。
まだ誰も座っていない席。
「アメリアは」
一呼吸。
「自分がいなくても仕事が回ることを望んでいました」
思わず副局長が吹き出しそうになる。
「確かに」
「否定できませんな」
監査局員達から苦笑が漏れる。
誰よりも知っている。
アメリアが仕事を嫌っていたことを。
正確には。
無駄な仕事を。
無駄な手間を。
何よりも嫌っていたことを。
『事後対応は非効率です』
『予防した方が楽です』
『予め作っておけば後で仕事が減ります』
そんな言葉を何度聞いただろう。
今なら理解できる。
アメリアは王国のために動いた。
だが同時に。
自分の仕事を減らすためにも動いた。
そして。
その結果がこれだった。
ミリアは資料へ手を置く。
「だから」
静かな声。
「必ず残しています」
全員が彼女を見る。
「自分がいなくても」
「誰かが使えるように」
一言。
たった一言。
だが。
その言葉は妙に納得できた。
アメリアは完璧ではない。
面倒臭がりだ。
文句も言う。
紅茶ばかり飲む。
仕事を減らしたいと真顔で言う。
だが。
だからこそ。
残す。
自分がいなくても回るように。
自分が休めるように。
自分が消えても動くように。
「そうか……」
アルフレッドが呟く。
ようやく理解した。
今まで勘違いしていた。
皆そうだった。
アメリアという天才が王国を支えていた。
そう思っていた。
だが違う。
アメリアが作ったのは。
自分が支えなくても回る王国だった。
公爵が静かに口を開く。
「娘らしいですな」
久しぶりだった。
公爵がアメリアについて語るのは。
「アメリアは昔からそうでした」
少しだけ懐かしそうだった。
「面倒なことを減らすために」
「余計な努力を惜しまない」
会議室から小さな笑いが漏れる。
矛盾している。
だがアメリアなら納得できる。
「皆様」
ミリアが言う。
今度は真剣な声だった。
「私達は勘違いしていました」
誰も口を挟まない。
「アメリア様のようになろうとしていました」
ルーカスが目を閉じる。
アルフレッドも黙る。
心当たりがある。
全員ある。
「ですが」
ミリアは首を振る。
「その必要はありません」
一呼吸。
「私達はアメリア様にはなれません」
敗戦してから。
ようやく辿り着いた答え。
ようやく口にできる。
「ですが」
ミリアは資料へ視線を落とす。
アメリアの文字。
アメリアの考え。
アメリアの残したもの。
「アメリアが残してくださったものを使うことはできます」
静かな言葉だった。
しかし。
会議室の誰より強かった。
沈黙。
そして。
ルーカスが頷く。
「そうだな」
アルフレッドも笑った。
「今さらだが」
「とんでもない量だ」
会議室に笑いが広がる。
久しぶりだった。
本当に久しぶりだった。
前を向くための笑い。
その時。
監査局員が慌ただしく駆け込んできた。
「失礼します!」
全員が振り向く。
「追加資料を発見しました!」
副局長が頭を抱える。
「まだあるのか……」
「あります!」
局員は元気良く答えた。
「保管庫奥の未整理区域です!」
会議室から半ば諦めた笑いが漏れる。
そして。
誰も気付いていない。
発見された資料の中に。
戦局を決定的に変える一冊が混ざっていることを。
敵補給網。
地方商会。
東方連盟。
それら全てを繋ぐ。
アメリア最後の切り札が。
静かに姿を現そうとしていた。
お読み頂き、ありがとうございます。




