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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十六章 諸国戦争編継志

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第一話 次へ繋げたいと思います

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 王城大会議室。

 敗北から五日。


 会議室を包む空気は静かだった。


 重い。


 だが絶望ではない。


 誰も浮かれていない。

 誰も楽観していない。


 第四補給拠点陥落。

 備蓄焼失。

 避難計画の遅延。


 死者三十七名。

 負傷者九十一名。


 失ったものは大きかった。

 決して取り返しのつかないものもある。


 だからこそ。

 今日の会議はいつもと違っていた。


 敵を見るのではない。

 まず、自分達を見る。


 何を誤ったのか。

 何を見落としたのか。


 どうすれば繰り返さないのか。


 そのための会議だった。



「では始めよう」


 国王の言葉で会議が始まる。

 全員の視線が中央へ集まった。


 机の上に積み上げられているのは戦況報告ではない。


 敗北分析報告書。

 今回の敗北をまとめた資料だった。


 沈黙の中。

 最初に立ち上がったのはアルフレッドだった。


「敵軍の作戦は見事だった」


 言い訳はしない。

 事実から入る。


 それが軍人としての誠実さだった。


「我々は敵の補給隊を主目標と判断した」


 地図へ視線を向ける。


「囮だった」


 短い言葉。

 だが重い。


「敵は我々の行動を予測していた」

「補給隊襲撃へ誘導し、その間に本命を通した」


 会議室は静まり返っていた。


 誰も反論しない。

 その場にいる全員が理解している事実だからだ。


「結果として第四補給拠点への対応が遅れた」

「これは我々軍の失態だ」


 頭を下げることはしなかった。


 ただ事実を認めた。

 それで十分だった。



 続いて軍務大臣が立ち上がる。


「軍部側の分析結果になります」


 資料が配られる。


「反省点は四つ」

「現場指揮官の裁量不足」

「情報伝達速度の低下」

「補給路再確認の未実施」


 そこで一度言葉が止まる。

 そして最後の一文を読み上げた。


「前回戦争の成功体験への依存」


 誰も顔を上げない。


 耳が痛い。

 本当に痛い。


 前回戦争。

 歴史的勝利。


 その中心にいた少女。

 アメリア。


 無意識のうちに。

 誰もが信じていた。


 前回と同じように考えれば勝てると。

 前回と同じように動けば上手くいくと。


 その結果が今回の敗北だった。



 監査局副局長が静かに立ち上がる。


「監査局側の反省点になります」


 机の上へ数枚の図表が広げられる。


「情報そのものはありました」


 副局長が地図を指差す。


「こちらの代替街道」

「こちらの河川輸送網」


「商会協力網」

「地方備蓄拠点」


 全て監査局資料に記載されていた。


 開戦前から。

 何年も前から。


「ですが」


 副局長は淡々と続ける。


「活用できませんでした」


 静かな声だった。


「資料を保有していることと」

「資料を活用できることは違います」


 会議室に苦い空気が流れる。


 誰も反論できない。

 その通りだからだ。


 資料はあった。

 だが使えなかった。


 読み解けなかった。

 繋げられなかった。



 ミリアは黙って聞いていた。


 以前なら違った。


 アメリアなら。

 そんな考えが頭を支配していた。


 アメリアなら気付いた。

 アメリアなら見抜いた。

 アメリアなら防げた。


 きっとそうだった。

 今でもそう思う。


 だが。

 そこに答えはない。


 今考えるべきなのは。

 アメリアがどうしたかではない。


 自分達が何をしたか。

 自分達が何を見落としたか。


 そこだった。



 議論が始まる。


「補給網は分散化すべきです」

「地方領主との連絡手順を再整理したい」

「現場判断権限の拡大を提案します」

「監査局資料の共有体制も必要でしょう」


 次々に意見が出る。


 以前より多い。

 以前より活発だ。


 誰か一人の答えを待っていない。


 全員で考えている。

 全員で作ろうとしている。


 失敗を責めるためではない。

 失敗から学ぶために。



「一つ、よろしいでしょうか」


 ミリアが口を開いた。


 会議室中の視線が集まる。


 静かに立ち上がる。


 少し前までなら。

 そんな視線だけで足が竦んでいたかもしれない。


 だが今は違う。


「今回の敗北ですが」


 静かな声。

 震えてはいない。


「原因は一つではありません」


 誰も口を挟まない。


「軍だけでもありません」

「監査局だけでもありません」

「王太子殿下だけでもありません」


 そして。

 ミリアは自らの胸へ手を当てた。


「私もです」


 沈黙。


「全員です」


 責任を押し付けない。

 誰かを悪者にしない。


 自分もその中に含める。


 それがミリアだった。


「ですから」


 一呼吸。


「私は、この敗北を無駄にしたくありません」


 会議室の誰もが聞いていた。


「失った方々のためにも」

「次へ繋げたいと思います」


 言葉は飾られていない。

 アメリアほど上手くない。

 理屈も洗練されていない。


 だが。

 真っ直ぐだった。


 だから届く。

 会議室の誰もが顔を上げた。



 ルーカスが小さく笑う。

 アルフレッドも頷いた。

 国王も目を閉じる。


 そして。

 公爵もまた静かに娘の友人を見つめていた。


 アメリアはいない。

 その事実は変わらない。


 だが。

 王国も止まってはいない。


 少しずつ。

 本当に少しずつ。


 前へ進み始めている。



 会議が終盤へ差し掛かった時だった。


「一つ報告があります」


 監査局副局長が手を挙げる。


「何だ」


 アルフレッドが尋ねる。


「監査局保管庫を再整理していたところ」


 副局長は一冊の分厚い資料を机へ置いた。


 古い。

 だが丁寧に保管されている。


「発見した資料です」


 全員の視線が集まる。


 表紙には見慣れた文字。

 誰もが知る筆跡。


『王国非常時輸送網及び代替兵站計画案』


 会議室が静まった。


 ミリアの指先が僅かに震える。


 アルフレッドが資料を手に取る。


 一枚。


 また一枚。


 ページをめくる。


 そして。

 その動きが止まった。


「これは……」


 思わず漏れた言葉。


 ルーカスが覗き込む。


 国王も立ち上がる。


 そこに書かれていたのは。

 戦争を想定していないはずの。


 だが戦争にこそ必要な。

 膨大な代替輸送計画だった。


 河川。

 街道。

 商会。

 地方備蓄。

 修道院。

 孤児院。

 医療施設。

 非常時動員計画。


 それらが全て繋がっている。


 まるで。

 王国全体を一つの網として見ているかのように。


 誰も言葉を失った。


 そしてミリアだけが。

 ほんの少しだけ微笑んだ。


「……やはり」


 小さく呟く。


「アメリアです」


 その言葉に。

 誰も反論しなかった。


 できるはずもなかった。


 アメリアはもういない。


 それでも。

 彼女が残したものは。


 まだ終わっていなかった。


 反撃は、ここから始まる。

お読み頂き、ありがとうございます。

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