幕間 仕事だな
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王城。
軍事執務室。
アルフレッドは机に突っ伏していた。
目の前には地図。
報告書。
補給計画。
避難計画。
増援調整。
東方連盟との連絡記録。
そして。
未処理書類の山。
「……」
疲れていた。
本当に。
心の底から。
◇
今回の戦争で。
アルフレッドは調整役になっていた。
王国軍。
監査局。
地方領主。
東方連盟。
それらを繋ぐ役目。
誰かがやらなければならない。
だから引き受けた。
だが。
難しい。
本当に難しい。
「東方連盟の進軍速度は」
「北部防衛線の再編は」
「避難民輸送は」
「補給倉庫再配置は」
やることが終わらない。
次から次へと問題が出てくる。
資料を処理しても。
翌日には増えている。
また増える。
さらに増える。
「なるほどな……」
思わず苦笑が漏れる。
「そりゃ仕事減らしたくもなる」
アメリアの口癖が少しだけ理解できた。
しかし。
その笑いは長く続かなかった。
机の端。
戦死者報告書。
そこへ視線が向く。
第四補給拠点。
死者三十七名。
負傷九十一名。
失敗だった。
自分達の。
そして思い出す。
「アメリアなら」
会議で何度も聞いた言葉。
「アメリアなら見抜いた」
「アメリアなら防げた」
「アメリアなら」
「……」
大きく息を吐く。
「分かってる」
そんなことは。
皆分かっている。
アメリアがいたら違ったかもしれない。
だが。
もういない。
そこで考えを止める。
意味がない。
死人は戻らない。
少なくとも。
自分達はそう思っている。
その時だった。
扉が叩かれる。
「失礼する」
聞き覚えのある声。
「公爵閣下」
アルフレッドは立ち上がる。
入ってきたのはアメリアの父だった。
以前より老けて見える。
だが背筋は伸びていた。
「忙しそうですな」
「ええ」
苦笑しか出ない。
「終わりません」
「そうでしょうな」
公爵も苦笑した。
しばらく沈黙。
「報告は聞いております」
公爵が言う。
「第四補給拠点」
「申し訳ありません」
反射的に頭を下げる。
「何故謝るのですか」
「それは……」
言葉が詰まる。
失敗したからだ。
守れなかったからだ。
だが。
公爵は首を振った。
「殿下達だけの責任ではない」
静かな声。
「戦争だ」
「失敗もする」
「死者も出る」
「犠牲も出る」
一拍。
「それでも前へ進まねばなりません」
重みのある言葉だった。
「公爵閣下」
「何ですかな」
「アメリアなら」
口にしてしまった。
「アメリアなら防げたと思いますか」
沈黙。
少しだけ。
本当に少しだけ。
公爵は笑った。
「難しい質問ですな」
そして椅子へ腰掛ける。
「恐らく」
「防げたかもしれません」
アルフレッドが顔を伏せる。
やはりそうか。
そう思った。
だが。
「だが」
続きがあった。
「それはアメリアだからです」
顔を上げる。
「どういう意味でしょう」
「簡単です」
公爵は笑う。
「あの子はおかしい」
即答だった。
アルフレッドも頷いた。
そこは否定できない。
「私でも真似出来ません」
「母親でも無理です」
「ルーカス殿下でもできません」
「ミリア殿下でもできません」
静かな声。
「だから比較する意味はない」
そこで公爵は窓を見る。
「だがな」
一拍。
「アメリアは一人で王国を変えた訳ではない」
アルフレッドが目を瞬く。
「皆そう思っていますが」
「違います」
公爵は首を振った。
「アメリアがやったのは仕組み作りです」
「人を繋ぐことです」
「土台を作ることです」
「一人で全部やれる人間なら」
少しだけ笑う。
「監査局など作りません」
確かにそうだった。
一人でやるなら部下はいらない。
制度もいらない。
だがアメリアは違った。
監査局を作った。
部下を育てた。
制度を整えた。
王国に仕組みを残した。
「なら」
公爵はアルフレッドを見る。
「今殿下達が使っているものは何でしょう?」
補給制度。
監査局。
備蓄網。
物流網。
地方協力体制。
全部。
アメリアが残したものだった。
「……ああ」
アルフレッドはようやく気付く。
いない。
確かにいない。
だが。
何も残していない訳ではない。
むしろ逆だ。
残し過ぎている。
本当に。
呆れるほど。
公爵は立ち上がる。
「殿下達は勘違いしておられる」
「アメリアがいなくなったから戦えないのではない」
一拍。
「アメリアが残したものを、まだ使い切れておらんだけです」
静かな声だった。
だが力強かった。
◇
部屋を出る直前。
公爵は振り返る。
「アルフレッド殿下」
「はい」
「娘ならこう言うでしょう」
少し笑う。
「失敗したなら改善いたしましょう」
アルフレッドは吹き出した。
「言いそうですね」
「言うでしょうな」
即答だった。
◇
扉が閉まる。
静かな部屋。
アルフレッドは机の資料へ視線を落とす。
補給計画。
避難計画。
東方連盟との連携案。
全部。
まだ終わっていない。
まだやれる。
やらなければならない。
「改善か」
ぽつりと呟く。
「確かにな」
負けた。
だが終わっていない。
失敗した。
だがまだ戦える。
そして。
王国にはまだ残っている。
アメリアが遺したものが。
アルフレッドは新しい報告書を開いた。
「さて」
小さく笑う。
「仕事だな」
そしてその数日後。
東方連盟軍は王国へ到着する。
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