第六話 私ならどうするか
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
深夜。
王城大会議室。
人はいない。
誰も。
昼間まで埋まっていた席も。
散乱していた資料も。
積み上げられていた地図も。
今は静まり返っている。
だが。
一人だけ。
まだ残っていた。
ミリアだった。
机の上には報告書。
戦死者名簿。
補給計画修正案。
避難計画再編案。
そして。
アメリアが残した資料。
どれも何度も読んだ。
何度も。
本当に何度も。
それでも。
答えは見つからなかった。
「……」
静かな部屋。
紙をめくる音だけが響く。
一枚。
また一枚。
報告書を見る。
失敗した理由。
敵の偽装。
二重補給路。
情報攪乱。
囮部隊。
全部書いてある。
だが。
それを読めば読むほど。
別の感情が大きくなっていく。
アメリアなら。
まただった。
気付けば考えている。
アメリアなら見抜いた。
アメリアなら防げた。
アメリアなら。
「違う……」
小さく呟く。
自分でも分かっていた。
違う。
本当は。
そんなことを考えている場合ではない。
見るべきなのは失敗だ。
敵が何をしたのか。
自分達が何を見落としたのか。
そこを見るべきだった。
なのに。
ずっと探していた。
答えを。
アメリアの中に。
◇
視線が動く。
会議卓の端。
誰も座っていない席。
あの席だった。
以前なら。
そこにアメリアがいた。
紅茶を飲みながら。
大量の資料を抱えながら。
面倒そうな顔をしながら。
それでも誰より早く問題へ気付いていた。
『一考の余地がありますね』
『面白いですわね』
『問題はそこではありません』
そんな声が聞こえてきそうなほど。
鮮明に思い出せる。
なのに。
いない。
本当に。
いない。
帰ってこない。
もう二度と。
その可能性が高い。
「アメリア……」
声が漏れる。
返事は無い。
当然だった。
◇
ミリアは目を閉じた。
思い出す。
あの日。
川へ落ちたと。
報告を受けた日。
取り乱して。
怒鳴り散らして。
何も出来なかった。
ただ泣くしかできなかった。
「私が気付けていれば」
「私が止めていれば」
「私が代われていれば」
意味のない仮定。
理解している。
それでも考えてしまう。
だって。
あまりにも大きかったから。
アメリアという存在が。
王国にとっても。
自分にとっても。
◇
資料へ視線を落とす。
戦死者名簿。
補給拠点損失。
避難計画遅延。
数字が並ぶ。
その数字の向こう側に人がいる。
家族がいる。
生活がある。
守れなかった人達がいる。
「ごめんなさい……」
誰へ向けた言葉なのか。
自分でも分からなかった。
「私にもっと力があれば……」
「私がアメリアだったなら……」
そこまで言い掛け。
止まる。
心のどこかで。
分かっていた。
違う。
本当に違う。
アメリアなら。
アメリアなら。
アメリアなら。
ずっとそう考えている。
だが。
自分はアメリアではない。
絶対に。
なれない。
震える手で資料を閉じる。
限界だった。
認めたくなかった。
だが。
認めるしかない。
「私は……」
声が震える。
「私はアメリアの……アメリア様の」
「代わりになろうとしました」
誰も聞いていない。
「アメリア様のように考えようとしました」
「アメリア様のように決断しようとしました」
「アメリア様のように皆を守ろうとしました」
涙が落ちる。
一滴。
また一滴。
「でも……」
握り締めた拳が震える。
「無理です……」
「出来ません……」
顔を伏せる。
「私は……」
そして。
ようやく。
ずっと認めたくなかった言葉を口にした。
「私はアメリアにはなれません」
静かな会議室。
「同じようには考えられません」
「同じようには見えません」
「同じようには……できません」
絞り出すような声だった。
悔しかった。
苦しかった。
情けなかった。
それでも。
ようやく認めた。
自分はアメリアではない。
なれない。
代わりにもなれない。
だからこそ。
涙は止まらなかった。
そして。
「当たり前だろう」
背後から声がした。
ミリアが振り返る。
そこにはルーカスが立っていた。
いつからいたのか分からない。
ただ。
静かに立っていた。
ミリアは慌てて涙を拭う。
「申し訳ありません」
「何がだ」
「会議中に取り乱してしまって」
ルーカスは首を振った。
「気にするな」
そして空いている席へ腰を下ろす。
「誰でもそうなる」
その言葉に。
ミリアは小さく首を振った。
「なりません」
「かまわない」
「私は失敗しました」
「したな」
即答だった。
ミリアが固まる。
「ルーカス様……」
「失敗した」
ルーカスは繰り返した。
「俺もした」
静かな声。
「皆した」
会議室を見渡す。
「今の王国は全員失敗した」
否定しない。
慰めない。
誤魔化さない。
それが逆に優しかった。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
ミリアがぽつりと呟く。
「アメリア様なら」
また同じ言葉。
「アメリア様なら気付けました」
「アメリア様なら防げました」
「アメリア様なら」
「だから私は」
ルーカスは苦笑した。
「だから当たり前だろう」
ミリアが顔を上げる。
「アメリアじゃないんだからな」
静かな声だった。
「俺も違う」
「アルフレッドも違う」
「国王陛下も違う」
「公爵も違う」
一拍。
「誰もアメリアにはなれない」
その言葉に。
ミリアは何も返せなかった。
ルーカスは少しだけ笑う。
「なあ」
「昔」
「俺も似たようなことを考えた」
ミリアが視線を向ける。
「王になるのが怖かった時だ」
卒業式。
断罪。
婚約破棄。
投獄。
全部終わった後。
ルーカスは初めて不安になった。
『俺は良い王になれるだろうか』
そう聞いた。
アメリアに。
◇
思い出す。
図書館からの帰り道。
夕焼けの橋。
静かな時間。
あの日。
返ってきた答えは相変わらずだった。
『わかりません』
本当に相変わらずだった。
「お前ならもう少し気を遣うか?」
「遣います」
ミリアが即答する。
「だよな」
ルーカスが笑う。
「あいつは遣わなかった」
ミリアも少しだけ笑った。
◇
『ですが』
ルーカスの声が少し変わる。
『私には無いものを持っています』
ミリアが目を見開く。
「……え」
「たった一度だ」
ルーカスは前を見る。
「たった一度だけ」
「あいつが俺を褒めた」
「多分な」
少しだけ懐かしそうだった。
「だからよく覚えてる」
沈黙。
「あいつは正解を探す」
「数字を見る」
「問題を見つける」
「そして勝手に解決する」
「正直、化け物だ」
そこに迷いはない。
事実だからだ。
「だが」
一拍。
「人を集めるのは得意じゃない」
「人を励ますのも得意じゃない」
「人を前へ進ませるのも得意じゃない」
ミリアは黙って聞いていた。
「それはお前の方が上手だろ」
不意の言葉。
「開戦前の会議で」
「お前は戻ってきた」
「皆の前に立った」
「東方連盟に援軍を求めた」
「誰も動けなかった時に動いた」
一つずつ。
ゆっくりと。
「それは俺じゃ出来なかった」
「アメリアにも出来なかったかもしれない」
ミリアが固まる。
「そんなこと」
「ある」
ルーカスは即答した。
「少なくとも俺は出来なかった」
そして笑う。
「だから今ここにいる」
少しだけ自嘲気味だった。
「アメリアにはなれない」
「当然だ」
「だが」
ルーカスは真っ直ぐミリアを見る。
「アメリアもミリアにはなれない」
会議室が静まり返る。
「だから」
「お前はお前のままでいい」
「ミリアとして戦え」
長い沈黙。
やがて。
ミリアの肩から力が抜けた。
「……ずるいです」
「何がだ?」
「そういうことを言う役は」
涙を拭きながら。
少しだけ笑う。
「アメリア様だったでしょう?」
ルーカスは吹き出した。
「違いない」
二人とも少しだけ笑う。
久しぶりだった。
こんな風に笑ったのは。
◇
やがてミリアは立ち上がる。
机の上の報告書を閉じる。
「明日」
小さな声。
「もう一度考えてみます」
「アメリア様なら、ではなく」
一拍。
「私ならどうするか」
ルーカスは静かに頷いた。
それでいい。
それが聞きたかった。
会議室の窓の外では。
夜明け前の空が少しずつ白み始めていた。
お読み頂き、ありがとうございます。




