第五話 私はアメリアにはなれません
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
第四補給拠点陥落。
その報告から三日後。
王城大会議室。
空気は重かった。
誰もが疲れている。
西方との開戦以来。
初めて明確な敗北を喫したからだ。
「報告を」
国王が言う。
声は静かだった。
だが重い。
軍務大臣が立ち上がる。
手にした資料を開いた。
「第四補給拠点の損失になります」
会議室が静まる。
「備蓄食料四か月分消失」
「軍需物資多数焼失」
「荷馬車百三十二台損失」
「輸送要員三十七名死亡」
「負傷者九十一名」
一つずつ。
淡々と読み上げられる。
その数字が。
妙に重かった。
ただの数字ではない。
人だ。
生活だ。
命だ。
守れなかった結果だった。
「避難計画にも影響が出ています」
別の文官が続ける。
「北部三地域の移送が遅延」
「予定より七日程度の遅れが発生」
「難民受入計画も再編が必要です」
資料が机へ置かれる。
どれも修正。
どれも変更。
どれも後手。
会議室全体がそれを理解していた。
◇
ルーカスは報告書を見ていた。
数字が並んでいる。
何度も見た。
何度も確認した。
だが結論は変わらない。
失敗だった。
「俺の判断だ」
ぽつりと呟く。
誰も否定しない。
補給隊襲撃。
誘導作戦。
実行を決めたのは自分だ。
「殿下」
アルフレッドが声を掛ける。
だが。
ルーカスは首を振った。
「分かっている」
言い訳はしない。
出来ない。
失敗したのだから。
◇
ミリアは黙って資料を読んでいた。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
何度も。
何度も。
読み返す。
違和感があった。
ずっと。
どこかに。
理解できない何かがある。
そんな感覚。
そして。
ふと手が止まる。
「……あ」
小さな声。
誰にも聞こえないほど。
報告書を見る。
そして前日の会議記録を見る。
さらにアメリアの資料を見る。
そこで。
気付いてしまった。
ずっと考えていた。
アメリアなら。
アメリアならどうした。
アメリアなら気付いた。
アメリアなら防げた。
ずっと。
そればかり。
だが。
違う。
違うのだ。
今読むべきなのは。
アメリアの資料ではない。
自分達の失敗だった。
敵が何をしたのか。
自分達が何を見落としたのか。
そこを見るべきだった。
なのに。
自分は。
答えを探していた。
アメリアの中に。
自分の中ではなく。
◇
会議終了後。
人が減っていく。
ルーカス。
アルフレッド。
重臣達。
全員が疲れ切った表情で去っていく。
ミリアだけが残った。
机の上。
大量の報告書。
戦死者名簿。
損失一覧。
補給計画修正案。
アメリアの資料。
全部並んでいる。
そして空席。
あの席。
かつてアメリアが座っていた席。
無意識に視線が向く。
「アメリアなら……」
そこまで言って。
止まる。
違う。
また同じだ。
また答えを探している。
自分で考えずに。
アメリアを探している。
もういないのに。
帰ってこないのに。
それなのに。
いつまでも。
縋ろうとしている。
「違うのです……」
声が震える。
会議室には誰もいない。
だから初めて口にできた。
「違う」
もう一度。
小さく呟く。
その瞬間だった。
目から涙が落ちた。
敗北が辛いのではない。
死傷者が辛いのでもない。
もちろんそれもある。
だが。
本当に苦しいのは。
自分が何も出来なかったことだった。
アメリアの代わりをしようとした。
出来なかった。
アメリアのように考えようとした。
出来なかった。
アメリアのように皆を救おうとした。
出来なかった。
そして今。
初めて認めてしまう。
「私は……」
震える声。
静かな会議室。
「私はアメリアにはなれません」
誰もいない部屋に。
その言葉だけが残った。
夜はまだ長く。
その間。
何度も同じ思考に囚われていた。
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