第一話 我らの国を
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王都には静かな朝が訪れていた。
空は晴れている。
風も穏やかだった。
だが誰一人として平和だと思っていない。
◇
王城大会議室。
地図が広げられている。
王国全土。
北方諸国。
西方諸国。
そして各主要街道。
室内には重い空気が満ちていた。
「北方連合軍、国境線を越えました」
報告官が告げる。
「西方諸国軍も進軍を開始しております」
沈黙。
誰も驚かない。
予測していた。
知っていた。
だからこそ重い。
「規模は」
国王が尋ねる。
「北方約六万」
「西方約四万」
「合計十万です」
数字が告げられる。
会議室がさらに静かになった。
決して勝てない数字ではない。
だが楽観できる数字でもない。
前回の戦争による疲弊も残っている。
王国はまだ完全には立ち直っていないのだ。
「東方連盟は」
ルーカスが尋ねる。
「返答待ちです」
間に合わないかもしれない。
誰も口にはしない。
だが全員が理解していた。
今、この場にいる者達だけで戦わなければならない可能性が高い。
◇
会議が続く。
兵站。
動員。
避難計画。
防衛線。
議題は山ほどある。
だが。
ふと。
ミリアの視線が止まる。
会議卓。
その一角。
誰も座っていない席。
以前ならそこにいた。
大量の資料を抱えながら。
紅茶を飲みながら。
面倒そうな顔で。
けれど誰よりも早く問題点を見つけていた人。
アメリア。
「ミリア」
ルーカスの声で我に返る。
「大丈夫か」
「はい」
大丈夫ではなかった。
だが言わない。
言えるはずもない。
王太子妃として。
この会議に出席しているのだから。
そして何より。
自分が崩れれば。
もっと多くの人が崩れる。
それだけは理解していた。
「次の議題です」
文官が資料をめくる。
「北部防衛線についてになります」
地図が示される。
各拠点。
補給路。
備蓄倉庫。
それらを見ていたミリアの目が止まった。
書かれている文字。
『北部緊急補給網試案』
見覚えがあった。
アメリアの筆跡。
以前まとめられた資料。
戦争のためではない。
災害対応のために作られたもの。
だが今も使える。
自然と指先が紙に触れる。
温もりなど残っているはずがない。
それでも。
少しだけ。
勇気をもらった気がした。
「ミリア?」
「……いえ」
首を振る。
そして資料を見つめる。
アメリアはもういない。
その事実は変わらない。
戻ってもこない。
奇跡でも起きない限り。
それでも。
この国には残っている。
アメリアが書いた書類が。
アメリアが作った制度が。
アメリアが繋いだ人々が。
残っている。
その時だった。
扉が開く。
伝令が駆け込んできた。
「緊急報告!」
全員が振り向く。
「北方軍先遣隊が防衛線へ接触!」
「予定より三日早い進軍速度です!」
会議室の空気が変わった。
ついに始まった。
報復戦争。
王国存亡の戦い。
アメリアが守ろうとした国を守る戦いが。
始まった。
誰も口にしない。
だが全員が心のどこかで思っていた。
もし今。
ここにアメリアがいたら。
そしてその願いは。
叶わない。
ルーカスは地図に視線を落とす。
国王は静かに立ち上がる。
アルフレッドは剣の柄に手を置く。
ミリアは資料を握りしめる。
アメリアはもういない。
だから。
自分達でやるしかない。
「各部署へ通達」
国王が告げる。
「王国はこれより戦時体制へ移行する」
「守るぞ」
静かな声だった。
だが誰よりも強い声だった。
「我らの国を」
会議室の全員が立ち上がる。
そして戦争が始まった。
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