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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十四章 諸国戦争編序章

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第四話 守りますから

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 夜だった。

 窓の外には月が出ている。


 ただ、それだけだった。


 王都は静かだった。


 本来ならば。

 戦争の終結を祝う宴が続いていてもおかしくない。


 王国は勝ったのだから。

 民は守られたのだから。


 だが今の王城に祝賀の空気はなかった。


 誰もが知っている。

 代償があまりにも大きかったことを。



 ミリアは机に座っていた。


 数日前まで。

 床の上だった。

 寝台の上だった。


 膝を抱えたまま動けなかった。


 今も苦しい。

 今も泣きたい。

 今も名前を呼びたい。

 今も扉を開ければアメリアが立っている気がする。


 なのに、いない。


 それだけは変わらない。


 机の上には資料が積まれていた。

 アメリアが残した資料。


 東方連盟関連。


 交易。

 街道。

 港湾。

 物流。

 税収。

 市場。


 全部、あの人の字だった。


 見慣れた筆跡。

 綺麗で無駄のない文字。


 補足。

 修正。

 注釈。


 読みやすく整理された構成。

 どれもアメリアそのものだった。


 ミリアは一枚の紙を手に取った。


 街道整備案。

 北部街道。

 東部物流網。

 代替輸送経路。

 災害時利用想定。


 戦争など書いていない。

 あくまで平時のため。


 民のため。

 商人のため。

 王国の未来のため。


 それだけ。


 なのに。


 今になって読むと。

 別の意味を持っていた。


 ふと。

 涙が落ちた。


 紙の上に染みを作る。


 慌てて拭こうとして。

 手が止まる。


「ごめんなさい……」


 誰に向けた言葉なのか分からない。


 資料にか。

 自分自身になのか。


 それとも。

 どこかにいるかもしれないアメリアになのか。


 ページをめくる。

 そこには余白があった。


 小さな走り書き。

 アメリアの字。


『東方側利益の再試算必要』

『街道維持費の検証不足』

『監査手段について要検討』


 いつもの文字。

 いつもの仕事。

 いつものアメリア。


 その瞬間。

 胸が締め付けられた。


 思い出す。


 夜遅くまで働いていた姿。

 紅茶を飲みながら資料を読む姿。

 何かに気付いた瞬間の目。


 説明を求めると、


『簡単です』


 と言って始まる長い説明。

 難しい話を平然と始める癖。


 そして最後に。


『確認不足でした』


 と平然と反省する姿。


「本当に」


 声が出る。

 涙が落ちる。


「何をしているのですか」


 いない相手へ向かって。


「こんなものを残して」


 手が震える。


「こんなものを……」


 悲しいわけではない。


 いや。


 悲しい。


 苦しい。


 寂しい。


 全部ある。


 でも今。


 一番強かったのは。


 別の感情だった。



 悔しかった。



 アメリアは未来を見ていた。


 王国の未来を。

 民の未来を。

 東方との未来を。


 全部考えていた。

 全部残していた。


 なのに。


 自分は。


 ただ泣いていた。


 部屋に閉じこもって。

 何もできなかった。


 アメリアなら。


 アメリアなら。


 アメリアなら。


 その言葉が頭に浮かぶ。


 そして。

 そこで気付く。


 違う。

 違うのだ。


 アメリアなら。


 ではない。


 今いるのは自分だ。


 ミリアだ。


 アメリアはいない。


 それが現実だ。


 認めたくなくても。

 受け入れたくなくても。


 現実なのだ。


 再び紙へ目を落とす。


 数字。

 計画。

 分析。

 提案。


 全部そこにある。


 アメリアが残したもの。

 アメリアが考えたもの。


 そして。

 今の王国に必要なもの。


 ミリアは震える手で資料をまとめた。


 涙で視界は滲む。

 手元も見えない。

 王太子妃らしさなどどこにもない。


 それでも。


 それでも。


 声が漏れた。


「アメリアなら」


 そこで止まる。


 首を振る。


 違う。

 そうじゃない。


 問うべきことは、違う。


 しばらく沈黙し。


 そして。

 ミリアは小さく呟いた。


「何から確認しますか」


 その言葉が出た瞬間。

 自分で驚いた。


 王国を救う方法でもない。

 戦争に勝つ方法でもない。

 決意の言葉ですらない。


 ただ。

 アメリアの隣で何度も聞いた言葉。

 何度も自分が尋ねた言葉。


『何から確認しますか』


 その一言が。

 まるで。

 閉ざされた扉を少しだけ開いたようだった。


 アメリアはいない。

 それは変わらない。


 苦しい。

 泣きたい。

 会いたい。


 抱きしめてほしい。

 戻ってきてほしい。


 今でもそう思う。

 思わない日はない。

 きっと明日も思う。


 それでも。

 それでもだ。


 アメリアが残したものまで失わせるわけにはいかない。


 あの人が守ろうとした未来を。

 手放したくなかった。


 ミリアは立ち上がった。


 足がふらつく。

 体も重い。

 顔色も悪い。


 鏡を見なくても分かる。

 ひどい顔をしているだろう。

 王太子妃失格だ。


 そんなことは知っている。


 それでも。

 机の上の資料を抱える。


 ぎゅっと。

 大切なものを抱くように。


「待っていてください」


 誰に向けた言葉か。

 自分でも分からない。


「まだ」


 涙が落ちる。


「まだ少しだけ」


 震える声。

 泣き腫らした目。


 それでも。


「守りますから」



 その夜。

 王太子妃ミリアはまだ立ち直っていなかった。


 まだ泣いていた。

 まだ苦しんでいた。

 まだアメリアを探していた。


 けれど。

 絶望の底で止まっていた時間が。


 ほんの少しだけ。


 再び動き始めていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

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