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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十四章 諸国戦争編序章

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第三話 どこまで考えていたんですか

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 時は少しさかのぼり。

 緊急会議の前日。


 監査局は静かだった。

 静かすぎる、と言ってもいい。


 以前から決して騒がしい職場ではなかった。


 だが今は違う。


 誰もが声を落とし。

 誰もが机へ向かい。

 誰もが仕事をしている。


 それなのに、どこか異様だった。


 まるで。

 息を潜めているようだった。



 アメリアの執務室。

 そこへ入る人間はほとんどいない。


 入れないのだ。


 局員達にとって。

 ここはまだ。

 局長が帰ってくる場所だった。


 だから誰も勝手に触りたくない。


 触った瞬間。

 本当に帰ってこなくなるような気がした。


 そんな馬鹿げた考えを。

 監査局の優秀な局員達ですら捨てられずにいた。



 その日。

 副局長が机を見つめていた。


 机の上には書類の山。


 整理済み。

 保留。

 確認待ち。


 区分ごとに整然と積み上げられている。


 今にも。

 アメリアが扉を開けて現れそうだった。


『副局長』


 淡々とした声。


『その資料は後回しです』


『いえ、優先順位が違います』


『こちらを先に』


 そんな幻聴すら聞こえる。

 副局長は苦笑した。


「重症だな」


 自分自身に対して。

 そして周りを見渡す。


 局員達も似たようなものだった。


 誰かが机を見ている。

 誰かが扉を気にしている。

 誰かが紅茶のカップを見ている。


 全員が待っていた。

 帰ってくるはずがないと理解しながら。


 それでも。

 待っていた。


「副局長」


 一人の若い局員がやって来た。


「どうした」


「資料保管室なんですが」


「何かあったか」


 局員は分厚い紙束を抱えていた。


 いや。

 一つではない。


 二つ。

 三つ。

 四つ。


 抱えきれないほどの量。


「見つけました」



 十分後。

 監査局会議室。


 机いっぱいに資料が並んでいた。

 誰も言葉を失っている。


 多すぎた。


 量が。

 異常だった。


 副局長が一冊手に取る。


『東方主要商会一覧』


 次。


『東方港湾利用実績』


 次。


『東西街道整備に関する調査報告書』


 次。


『東方交易拡大による税収予測』


 次。


『東方連盟法制度概要』


 次。


『関税調整案』


 次。


『物流監査結果』


 次。


『港湾運営監査案』


 まだある。


 まだある。


 まだある。


 机が埋まる。


「……なんだこれは」


 副局長が呟いた。

 本気で分からなかった。


 東方関連資料。

 それは分かる。


 だが。

 ここまで調べる必要がどこにある。


 ここは東方ではない。


 王国だ。

 監査局だ。


 しかも。

 資料の日付を見ると。

 かなり前から作られている。


 戦争前。

 戦争中。

 そして戦争直前まで。


 少しずつ増えている。


 つまり。

 局長はずっと調べていた。


「局長は東方担当ではありませんでしたよね」


「違うな」


「外交官でもないですし」


「違う」


「商人でも」


「違う」


「ではなぜ……」


 誰も分からない。

 分からないから頁をめくる。


 そして気付く。


「物流、か」


 資料の内容は単純だった。

 東方との交易拡大。


 街道整備。

 港湾整備。

 商業活性化。

 税収増加。

 治安改善。

 市場拡大。


 全部繋がっている。


 戦争のためじゃない。

 監査のためでもない。


 王国を豊かにするため。


 そのためだけに作られていた。


 誰かが呟く。


「これ、何年分ですか」


 副局長が黙る。


 しばらく資料をめくり。


 答えた。


「全部ではないが」


「少なくとも数年だろうな」


 会議室が静まり返った。


 数年。


 つまり。

 アメリアはずっと考えていた。


 王国の未来を。


 誰にも言わず。

 一人で。


「どうしてでしょう」


 若い局員が言った。


「ここまで」


 副局長は答えなかった。


 いや。

 答えは分かっていた。


 皆、分かっていた。


 アメリアだからだ。


 ただそれだけ。


 問題を見つけた。

 だから調べた。


 改善できると思った。

 だから資料を作った。


 誰かに命じられたからじゃない。

 褒められるためでもない。


 必要だと思ったから。

 それだけだった。


「局長らしいな……」


 誰かが笑った。


 少しだけ。

 本当に少しだけ。


「減らしたい減らしたい言いながら」

「仕事増やしてるじゃないですか」


 局員達も小さく笑う。


 久しぶりだった。

 笑ったのは。


 アメリアがいなくなってから初めてかもしれない。


 その時。

 副局長の手が止まった。


 一枚の文書。


 他と違う。


 表紙がない。

 下書きのようなもの。


 そこには見慣れた筆跡で書かれていた。


『王国と東方連盟の長期互恵関係について』


 その文書には。


 支援を求める方法。

 利益の提示方法。


 関税調整。

 条約監査。

 履行体制。

 紛争時の協力関係。


 全てがまとめられていた。


 副局長はしばらく文章を読んだ。

 読み終える。


 そして静かに笑った。

 泣きそうな顔で。


「局長」


 誰に向けた言葉でもない。


「本当に」


 喉が詰まる。


「どこまで考えていたんですか」



 その日の夕方。

 分厚い資料の束は王城へ運ばれた。


 王国の未来を左右する資料として。


 そして誰も知らなかった。


 その資料が。

 王国を救う最初の一歩になることを。


 ただ一つだけ。

 監査局の人間達は理解していた。


 アメリアはここにいない。


 けれど。

 アメリアが残したものは。


 確かにまだ、この王国を支えていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

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