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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十四章 諸国戦争編序章

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第二話 助けられてばかりだな

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 王城、大会議室。

 王国の未来を決める場であるはずのその部屋には、重苦しい沈黙が漂っていた。


 広げられた地図。

 並べられた報告書。

 各地から届いた伝令。


 敵軍の動向。

 兵站状況。

 備蓄量。

 徴兵可能人数。

 街道の整備状況。


 必要な資料は全て揃っている。


 だが。

 何かが欠けていた。


 誰もが分かっている。

 その欠けたものが何なのかを。



「北方連盟軍の推定動員可能兵力は約六万」


 軍務卿が報告を続ける。


「西方諸国を合わせれば九万から十万」


 数字だけ聞けば絶望的ではない。

 王国にも戦力はある。


 だが問題は別にあった。


「前回戦争で失った兵力の補充は」

「完了しておりません」


 即答だった。


「地方守備隊も再編途中です」


 沈黙。


「備蓄は」

「十分ではありません」


 再び沈黙。


「西部公爵領の戦力状況」


 今度は公爵が答えた。


「連戦は不可能だ」


 短い。

 だが十分だった。


 前回戦争で最も激しく戦った西部。

 傷は深い。


「戦えば勝てるか」


 誰かが呟いた。


 誰も答えなかった。


 勝てるとは言えない。

 負けるとも言い切れない。


 だから余計に苦しい。



 ルーカスは地図を見ていた。

 その視線がふと止まる。


 長机の一角。

 空席だった。


 王太子専属監査官。

 監査局長。

 アメリアの席。


 いつもなら資料の山が置かれている場所。

 いつもなら紅茶が冷めている場所。


 いつもなら。

 淡々とした声が聞こえる場所。


 今は誰もいない。

 ただ空いている。


 それだけ。

 それだけなのに。


 その空席は、どんな報告よりも重かった。



 アルフレッドもまた、その席を見ていた。


 気付けば見てしまう。

 視界の端に入る。

 そして思う。


 ここにアメリアがいれば。


 その考えを何度打ち消したか分からない。

 だが消えない。

 消えなかった。


 ここにアメリアがいれば。


 敵兵力の分析も。

 物流網の再構成も。

 地方貴族の説得も。


 もっと早く。

 もっと確実に。


 進められたのではないか。


 そんな考えが浮かんでしまう。


 そして自己嫌悪する。

 いない人間に頼っている。


 それが分かるから。

 余計につらい。



 公爵は黙っていた。

 誰よりも黙っていた。


 表情も変わらない。

 感情も見えない。


 だがその姿を知る者達は理解していた。


 一番沈んでいるのは公爵だ。

 一番苦しんでいるのも。


 一人娘を失ったかもしれない父親なのだから。


 それでも。

 この場で崩れるわけにはいかない。


 だから黙る。

 ただ黙って座っている。


 その姿が、逆に痛々しかった。



「東方連盟はどうだ」


 ルーカスが言った。


 話題を変えるように。

 空気を動かすように。


 外交官が答える。


「実質的に中立です」


「動かないか」


「可能性は高いでしょう」


 誰も驚かない。

 予想通りだった。


「距離もあります」


「利害も薄い」


「援軍要請を受ける理由がありません」


 その通りだった。


 王国を助ける義理がない。

 戦争に巻き込まれる利益もない。


 だから難しい。


 そこで。


 一人の監査局員がおずおずと手を挙げた。


「発言を」


 視線が集まる。


 若い局員だった。

 緊張している。


 それでも立ち上がった。


「局長の資料を整理していた際」


 その言葉で。

 全員が反応した。


 局長。


 つまりアメリア。


「東方関連資料を発見しました」


 会議室が静まる。


 紙束が机へ置かれる。


 分厚い。

 異常なほど分厚い。



 ルーカスが手に取る。


 表紙。


『東方連盟との長期交易改善計画』


 沈黙。


 次をめくる。


『東方港湾利用率調査』

『東方主要商会一覧』

『街道整備共同計画案』

『関税調整予測』

『物流改善による双方利益試算』


 次々と出てくる。


 まだある。


 まだある。


 まだある。


 会議室の誰もが言葉を失った。



「……なんだこれは」


 アルフレッドが呟く。


 局員は答える。


「分かりません」


 本当に分からなかった。


「戦争目的の資料ではありません」


 頁をめくる。


 どこまでも平時の計画だ。


 市場。

 物流。

 交易。

 治安。

 税制。


 全て平時のもの。

 戦争など想定していない。


 だが。

 今だからこそ価値があった。



 ルーカスは資料を読み続けた。


 そして理解する。


 アメリアは東方を利用しようとしていたのではない。


 取引相手として見ていた。

 対等な相手として。


 だからここまで調べていた。

 だからここまで考えていた。


「……本当に」


 誰かが呟く。


「どこまで考えていたんだ」


 返事はなかった。

 返せる本人がここにいない。



 会議は続く。

 だが先ほどまでとは違っていた。


 暗闇の中に。

 かすかな灯りが見えた。


 東方連盟。


 可能性は低い。

 難しい。


 だが。

 ゼロではない。


 そしてその可能性は。

 アメリアが残したものだった。



 会議終了後。


 人々が席を立っていく。

 誰もが資料を持っていく。


 読みたいのだ。

 知りたいのだ。


 アメリアが何を残したのかを。


 最後に残ったルーカスは。

 ふと空席を見る。


 静かな席。

 主のいない席。


 そして小さく呟いた。


「助けられてばかりだな」


 返事はない。

 当然だ。


 返事はない。

 けれど。


 その席には。

 確かにアメリアが残したものがあった。


 だから王国は、もう一度だけ前を見ることができた。

お読み頂き、ありがとうございます。

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