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【第四部完結】監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十四章 諸国戦争編序章

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第一話 俺達だけじゃ、無理なんだ

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 アメリアがいない。


 その事実は、今日も変わらなかった。


 朝が来ても。

 昼になっても。

 夜が訪れても。

 何も変わらない。


 アメリアはいない。

 戻ってこない。

 声も聞こえない。

 返事もない。


 だからミリアは今日も部屋から出なかった。



 厚いカーテンは閉じられたままだった。


 灯りも少ない。

 室内は薄暗い。


 どれだけ時間が経ったのか分からない。

 何日目なのかも分からない。


 食事は運ばれてくる。

 けれどほとんど手を付けない。


 水だけ少し飲む。

 それだけ。


 王太子妃として失格だと分かっていた。


 でも、どうでもよかった。


 アメリアがいない。


 それ以外のことを考える余裕がなかった。


 寝台の上で膝を抱える。


 その姿を誰にも見せたくなくて。

 けれど誰もいない部屋はもっと嫌で。

 矛盾した思いだけが胸を埋め尽くしていた。


「アメリア……」


 名前を呼ぶ。


 返事はない。


 分かっている。


 それでも呼んでしまう。


 呼ばなければ、本当に消えてしまいそうだった。



 一方その頃。

 王城の会議室には重い空気が流れていた。


 地図が広げられている。


 軍事報告。

 諜報報告。

 補給予測。

 敵軍の動向。


 戦争に必要な情報は揃っていた。


 だが。

 誰も口を開かない。


 重苦しい沈黙だけが続いていた。


 ルーカスは報告書を見下ろした。


「確認する」


 誰もが顔を上げる。


「西方諸国連合は再編を完了」


 静かな声。


「北方諸国も同調した」


 空気がさらに沈む。


「両国は共同で王国への報復戦争を開始する可能性が高い」


 可能性。


 そう表現した。


 だがこの場にいる者は全員理解していた。


 始まる。


 ほぼ確実に。

 次の戦争が始まる。


 アルフレッドが拳を握る。


 公爵は黙ったままだった。


 監査局の幹部達も口を閉ざしている。


 誰もが理解していた。


 王国は疲弊している。


 前回の戦争の傷は深い。


 兵も足りない。

 物資も足りない。


 そして。

 何より。


 ここにアメリアがいない。


 その事実だけが、誰の心にも重くのしかかっていた。



 会議が終わる。


 誰も笑わない。

 誰も余裕がない。


 ルーカスは席を立った。


「殿下」


 アルフレッドが呼ぶ。

 ルーカスは振り返らない。


「ミリアのところへ行く」


 短く答える。


 アルフレッドも止めなかった。

 止められなかった。


 彼自身も似たような顔をしていたからだ。



 王太子妃の私室前。

 ルーカスはしばらく扉を見つめていた。


 重い扉。

 何日も閉ざされている扉。


 その向こうにミリアがいる。

 生きている。


 けれど、心はほとんど止まっている。


 そんな気がした。


 ルーカスは小さく息を吐いた。


「ミリア」


 返事はない。


「聞こえるか」


 返事はない。

 だが構わず続ける。


「戦争だ」


 静寂。


「北方と西方が動く」


 返事はない。

 それでも話す。


「王国はまた戦うことになる」


 沈黙。


「俺は王太子として戦う」


 拳を握る。

 言葉にしなければ折れてしまいそうだった。


「怖い」


 初めて漏れた本音だった。


「正直、怖い」


 声が震える。


「アメリアがいない」


 目を閉じる。


「どうすればいいのか分からない」


 王太子として失格な言葉だった。


 だが今は誰もいない。


 だから言えた。


「それでも」


 顔を上げる。


「俺は戦う」


 扉の向こうは静かだった。


「アメリアが守ったものを守る」


 そこまで言った時。


 微かに。

 本当に微かに。


 扉の向こうから音がした。


 嗚咽だった。


 ルーカスは息を止める。


 聞こえていた。

 ちゃんと聞いていた。


 閉じこもっていても。

 泣き続けていても。


 聞いていた。


 ルーカスは扉に手を置いた。


「お前じゃなくていい」


 ぽつりと言う。


「今すぐ立ち上がれとも言わない」


 嗚咽だけが返る。


「でも」


 ルーカスは目を閉じる。


「俺達だけじゃ、無理なんだ」


 沈黙。

 長い沈黙。


 やがて。

 扉の向こうで何かが崩れるような音がした。


 ミリアだろう。


 また泣いているのだろう。


 それでも。

 それでよかった。


 聞いてくれていた。

 まだ終わってはいない。


 そんな気がした。



 部屋の中。

 ミリアは床に座り込んでいた。


 涙で滲む視界。

 震える肩。


 抱きしめるのはアメリアが残した資料。


 戦争。

 再侵攻。

 王国。


 守る。


 そんな言葉が頭を巡る。


 そして最後に。

 一つの言葉だけが残った。


 アメリアが守ったもの。


 涙が落ちる。


 ぽたり、と。

 資料を濡らした。


「アメリア……」


 声は震えていた。


 まだ前は向けない。

 立ち上がれない。

 会議室へ行けない。

 何もできない。


 それでも。

 本当に何も感じていないわけではなかった。


 王国が壊れる。

 アメリアが守ろうとした未来が壊れる。


 その想像だけが。

 絶望の底に沈んでいたミリアの心へ、僅かな痛みを落とした。


 そしてその痛みこそが。

 再び立ち上がるための、最初の小さな火種だった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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