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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十三章 侵略編攻略

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終話 良かったです

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 轟音はしばらく止まなかった。


 山を揺らし。

 大地を震わせ。

 川が吠える。


 自然そのものが怒り狂っているようだった。


 防波堤管理施設。


 誰も言葉を発しない。


 ただ。

 流れ続ける濁流を見ていた。


 やがて。

 最初の伝令が駆け込んでくる。


「報告!」


 息を切らしながら叫ぶ。


「敵前衛部隊壊滅!」


 静寂。


「確認済みです!」


 さらに続く。


「主力部隊多数流失!」

「補給部隊消滅!」

「敵軍混乱!」

「後退開始!」


 施設内がざわめいた。


 騎士達が顔を見合わせる。


 本当に成功した。


 誰もがそう理解した。



 司令部でも同じだった。


 次々と到着する報告。


「敵軍後退!」

「戦列維持不能!」

「指揮系統崩壊!」

「投降者発生!」


 将軍が拳を握る。


「勝ったぞ……」


 誰かが呟く。


 その声音には信じられないという感情が混じっていた。


 公爵も報告書を握り締める。


 勝った。


 間違いなく勝った。


 敵軍は壊滅状態。


 もはや戦争継続不可能。


 宣戦布告を行った国家も。

 反旗を翻した領主も。


 終わりだ。


 伝令が叫ぶ。


「敵軍降伏の使者を派遣!」


 一瞬の静寂。


 そして。


 歓声が上がった。


「終わった!!」


「勝ったぞ!!」


「助かった!!」


 泣き出す者もいる。


 笑う者もいる。


 椅子へ崩れ落ちる者もいる。


 それほどまでに。


 この戦争は重かった。



 防波堤施設。


 こちらにも報告が届いていた。


「敵軍降伏!」


「戦争終結です!」


 歓声。

 拍手。


 抱き合う兵士達。

 近衛達も笑っていた。


「帰れるぞ!」


「やったな!」


 誰もが安堵していた。


 アルフレッドも大きく息を吐く。

 肩の力が抜ける。


「終わったな」


 自然と漏れた言葉だった。


 隣を見る。


 アメリア。


 彼女は窓の外を見ていた。


 川。

 濁流。

 遠くの山々。


 そして。


 戦場の方向。


「アメリア」


「はい」


 振り向く。


「勝ったぞ」


「はい」


「終わった」


「はい」


 少しだけ沈黙。


 アルフレッドは苦笑した。


「もっと喜んでもいいと思うが」


 アメリアは考える。


 本当に考える。


 数秒。


 そして。


「そうでしょうか」 


 首を傾げた。


「そうだろう」


「では」

 

 アメリアは少し考え。


 ほんの少しだけ。


 笑った。


「良かったです」


 それだけだった。


 だが。

 十分だった。


 近くで聞いていた騎士達から笑い声が漏れる。


「局長殿なりの大喜びですな」


「違いない」


「確かに」


 アメリアは意味が分からないらしい。

 また首を傾げている。


 さらに笑いが起きた。


 アルフレッドも思わず笑ってしまう。


 戦争は終わった。


 ようやく。

 本当にようやくだ。



「帰還準備!」


 号令が飛ぶ。


 施設内が慌ただしくなる。


 荷物を纏める者。

 装備を確認する者。

 馬を引いてくる者。


 誰の顔にも安堵があった。


 戦争は終わった。


 皆がそう信じていた。


 だから。


 誰も気付かなかった。


 気を抜いていた訳ではない。


 ただ。

 終わったと思っていた。


 それだけだった。


 人数も少ない。


 周囲を監視する目も限られている。


 施設周辺は岩場と木々ばかり。

 隠れられる場所はいくらでもあった。


 誰も。


 本当に誰も。


 気付けなかった。



 アメリアは愛馬の前へ立つ。


 資料を鞄へしまう。


 手綱を取る。


「戻ったら休め」


 アルフレッドが言う。


「無理です」


 即答だった。


「監査局の仕事があります」


「休め」

「仕事があります」


「休め」

「仕事が」


「休め」


 沈黙。


「……検討します」


 負けた。


 周囲から笑いが起きる。


 そんな穏やかな時間だった。


 アメリアは鐙へ足を掛ける。


 馬上へ上がる。

 


 その瞬間。


 

 風が吹いた。


 

 ヒュッ。


 

 誰も反応できなかった。


 

 本当に一瞬だった。


 

 ドスッ。


 

 鈍い音。



 一拍。



 静寂。


 

 次の瞬間。



「ヒヒィィィン!!」


 

 軍馬が絶叫した。


「!?」


 馬体に深々と突き刺さる矢。


 悲鳴。

 混乱。


 軍馬が後脚で立ち上がる。


 アメリアの身体が大きく揺れた。


「アメリア嬢!!」


 アルフレッドが叫ぶ。


 だが遅い。


 馬は狂ったように暴走した。


「止めろ!!」


「護衛!!」


「囲め!!」


 騎士達が動く。


 だが。

 間に合わない。


 痛みと恐怖で理性を失った軍馬は一直線に走り出す。


 川へ。

 防波堤から解放された濁流へ。


「まずい!!」


 誰かが叫んだ。


 全員が同じ方向を見る。


 川。


 まだ荒れている。

 まだ激流だ。

 まだ危険だ。


「アメリア!!」


 アルフレッドが馬を蹴った。


 全速力。


 追う。


 追う。


 追う。


 ただ追う。


 届け。


 間に合え。


 それだけだった。


 アメリアは状況を理解していた。


 馬は止まらない。

 川が近い。

 落ちる。


 冷静に理解していた。


 不思議と恐怖はなかった。


 

 ただ。


 

 少しだけ残念だった。


 

 戦争は終わったのに。


 

 報告書を書いて。


 

 復旧計画を立てて。


 

 監査局へ戻らなければならなかったのに。


 

 やる事が山ほどあった。


 

「アメリア!!」


 アルフレッド。


 振り返る。


 必死な顔。


 全力で追っている。


 伸ばされた手。


 遠い。


 届かない。


 川岸が迫る。


 馬が足を滑らせる。



 世界が傾く。


 

 空。


 

 曇り空。


 

 雨は降っていない。


 

 けれど。


 

 川はまだ荒れていた。


 

 先程解放されたばかりの水が。


 

 山を削るように流れ続けている。


 

 次の瞬間。


 

 馬体が崩れた。


 

「アメリアァァァ!!」


 

 アルフレッドの絶叫。


 

 騎士達の怒号。


 

 誰もが手を伸ばす。


 

 だが。


 

 届かない。


 少女の身体は宙へ投げ出された。


 そして。


 濁流へ落ちていく。


 その瞬間。


 

 アメリアはアルフレッドと目が合った。


 

 ほんの一瞬。


 

 そして。


 

 静かに微笑んだ。


 


 次の瞬間。


 激流が全てを飲み込んだ。


 姿は消える。

 声も消える。


 残ったのは。


 歓声でも。

 勝利でも。

 終戦でもない。


 ただ。


 水の音だけだった。


 戦争には勝った。


 国も守った。


 多くの命も救った。 


 それでも。


 誰も。


 無傷ではいられなかった。



 川の音が響く。


 どこまでも。


 どこまでも。


 ただ静かに。


 流れ続けていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

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