第九話 解放します
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌日。
空は曇っていた。
太陽は見えない。
風は弱い。
そして。
川は膨れ上がっていた。
防波堤管理施設。
アメリアは計測結果を確認する。
水位。
流量。
流速。
全て想定通り。
「問題ありません」
静かな声だった。
アルフレッドが隣から覗き込む。
「本当に予定通りなのか」
「はい」
即答。
「むしろ理想的です」
何が理想的なのか。
アルフレッドには分からない。
だが。
分かる人間がいる。
アメリアだった。
◇
昼。
伝令が到着する。
「報告!」
全員が振り向く。
「敵軍前進継続!」
「予測地点へ向かっています!」
アメリアが地図を広げた。
現在位置。
進軍速度。
道路状況。
計算。
数秒。
「変動ありません」
紙へ数字を書く。
「到達予測は?」
近衛隊長が尋ねる。
「予定通りです」
アメリアは答える。
「誤差十五分以内」
室内が静まった。
何度聞いても異常だった。
だが。
ここまで来たら信じるしかない。
◇
さらに時間が経つ。
午後。
再び伝令が到着した。
「敵前衛!」
「最終誘導地点通過!」
全員の表情が変わる。
来た。
とうとう来た。
戦争終結作戦の瞬間だった。
アメリアは立ち上がる。
窓の外を見る。
川。
濁流。
灰色の水。
膨大な水量。
自然そのもの。
「あと十七分です」
誰も喋らない。
緊張だけが残る。
アメリアは防波堤制御盤へ向かった。
分厚い鉄扉。
巨大な操作装置。
複雑な解除機構。
何重にも施された安全装置。
「開始します」
操作開始。
鍵。
封印。
認証。
レバー。
解除。
解除。
解除。
さらに解除。
普通の人間なら理解するだけで大変な手順。
だが。
アメリアは迷わない。
一切迷わない。
まるで何度もこなした作業のように。
次々と処理していく。
「残り十分」
伝令。
「敵主力到達まで十分!」
近衛達が固唾を飲む。
早い。
手順書を読んだだけの将軍達は理解している。
普通なら間に合わない。
アメリアだから成立している。
「解除率八十%」
数字が進む。
「残り五分!」
伝令の声。
緊張が張り詰める。
アルフレッドも剣へ手を置いた。
万が一。
敵に発見された場合。
ここが戦場になる。
だが。
それは起きない。
全員がそれを願った。
◇
そして。
「到達」
アメリアが呟く。
同時に。
最後の封印が解除された。
「解放します」
巨大なレバーを引く。
一瞬。
何も起きない。
次の瞬間。
地面が震えた。
轟音。
まるで山そのものが唸ったかのような音。
鉄扉が開く。
その向こう。
膨大な水。
押し寄せる。
解き放たれる。
濁流。
奔流。
怒涛。
自然の力。
全てが一気に流れ出した。
◇
数キロ先。
敵軍。
「何だあれは」
一人の兵士が空を見た。
違う。
空ではない。
山だ。
山の向こう。
白い壁が見える。
理解が追い付かない。
そして。
理解した瞬間には遅かった。
「水だ!!」
叫び声。
「逃げろ!!」
怒号。
混乱。
命令。
悲鳴。
全てを飲み込む轟音。
濁流が敵軍へ襲い掛かった。
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