第八話 必ず成功させます
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
出発の日は曇りだった。
雨は止んでいる。
だが。
山々にはまだ水気が残っていた。
アメリアはそれを確認する。
河川流量。
降雨履歴。
流域面積。
地質。
全て予定通り。
紙の上の数字は。
濁流が十分な威力を持つことを示していた。
「大丈夫か?」
声を掛けたのはアルフレッドだった。
アメリアは資料から顔を上げる。
「何がでしょうか」
「それだ」
資料の束を指差す。
「出発直前まで読む必要があるのか?」
「あります」
即答だった。
「数字が変わる可能性がありますので」
アルフレッドは苦笑した。
やはり変わらない。
どこまでもアメリアだった。
◇
出発部隊は少数だった。
アメリア。
アルフレッド。
近衛騎士。
公爵領騎士。
志願兵達。
総勢二十名ほど。
少ない。
だが。
隠密行動には適している。
「最終確認だ」
近衛隊長が口を開く。
「目的は防波堤解放」
「敵軍との戦闘は避ける」
「発見された場合は即時離脱」
全員が頷く。
作戦は単純だった。
敵を倒すことではない。
敵を誘導すること。
そして。
濁流で飲み込むこと。
「質問はあるか」
沈黙。
誰も手を挙げない。
「よし」
近衛隊長が頷いた。
「出発する」
◇
山道は険しかった。
連日の雨の影響で足場も悪い。
騎士達が周囲を警戒する。
アメリアは先頭付近を歩いていた。
地図を確認しながら。
迷いなく進んでいく。
「本当に分かるのか?」
騎士の一人が呟いた。
「何がです?」
アメリアが振り返る。
「いや」
騎士は苦笑した。
「この複雑な山道だ」
「普通は迷う」
「迷いません」
当然のように言う。
「三年前に調査済みです」
全員が沈黙した。
またか。
またなのか。
「いつ調査したんだ」
アルフレッドが聞く。
「河川管理局監査の際です」
「監査で山を歩くのか」
「必要でしたので」
当然だった。
という顔で言う。
近衛が吹き出した。
「監査官ってそういう仕事でしたっけ」
「違う気がするな」
笑いが起こる。
緊張が少し和らいだ。
◇
昼過ぎ。
一行は休憩を取っていた。
その時。
伝令が到着する。
「報告!」
全員が立ち上がる。
「敵軍前進開始!」
アメリアが地図を広げた。
「位置は」
「こちらです!」
地図へ印が付けられる。
沈黙。
アメリアが計算する。
数秒。
さらに紙へ数字を書く。
「予測通りです」
安堵が広がった。
「到着予測は?」
アルフレッドが問う。
「明日」
アメリアは答える。
「午後」
「誤差は」
一瞬。
計算。
「二十分以内です」
近衛達が顔を見合わせる。
やはりおかしい。
どうやったらそこまで読める。
だが。
誰も聞かない。
聞いたところで理解できないからだ。
「進みます」
アメリアが言う。
一行は再び歩き始めた。
◇
夕方。
防波堤管理施設へ到着する。
山中に隠された巨大施設。
厚い石壁。
頑丈な鉄扉。
簡単には開かない。
だからこそ今まで守られてきた。
「ここか」
アルフレッドが見上げる。
「はい」
アメリアが頷く。
「ここです」
目の前には巨大な鉄扉。
その向こうには。
膨大な水。
雨によって蓄えられた水量。
自然の力そのもの。
解放されれば。
敵軍を飲み込む。
それほどの力。
「明日だな」
アルフレッドが言う。
「はい」
アメリアも頷く。
「明日です」
短いやり取り。
だが。
その重みは大きい。
この作戦が成功すれば。
戦争は終わる。
失敗すれば。
終わらない。
「必ず成功させます」
アメリアが言った。
決意の言葉ではない。
事実を述べるような声だった。
それを聞いて。
護衛達も頷く。
誰もが同じことを考えていた。
終わらせよう。
この戦争を。
一日でも早く。
一人でも多く生き残るために。
◇
その夜。
一行は施設内で野営した。
誰もが明日に備える。
静かな夜だった。
そして。
戦争の終わりは。
もうすぐそこまで来ていた。
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