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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十三章 侵略編攻略

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第六話 この戦争を一日でも早く終わらせる為に必要です

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌朝。

 雨は止んでいた。


 だが。

 空はまだ曇っている。


 戦争は終わっていない。

 敵軍は混乱している。

 補給線も断たれている。


 しかし。

 主力はまだ健在だった。


 司令部。

 朝から軍議が開かれている。


 公爵。

 アルフレッド。

 将軍達。

 文官達。


 全員の表情が険しい。


 昨日は勝った。


 だが。

 勝利は一つだ。


 戦争そのものは終わっていない。


「敵軍の動きは」


 公爵が問う。

 伝令が報告する。


「昨夜より再編成を開始!」

「補給不足により行軍速度低下!」

「ですが撤退の動きはありません!」


 将軍が舌打ちした。


「まだ戦う気か」

「当然でしょう」


 その声に全員が振り向く。


 アメリアだった。


 机の上には大量の資料。

 昨夜の件が嘘のように。

 表情は落ち着いていた。


 公爵は僅かに安堵する。


 少なくとも。

 今は前を向いている。


 そう見えた。


「理由は?」


 アルフレッドが尋ねる。

アメリアは一枚の資料を机へ置いた。


「敵総兵力」


 次。


「残存補給量」


 次。


「国家財政」


 次。


「指揮官の経歴」


 次々と紙が並ぶ。


 将軍達の額に汗が浮かんだ。

 嫌な予感しかしない。


「敵は撤退できません」


 アメリアは言った。


「補給不足です」


「それなのにか?」


 将軍の一人が眉をひそめる。


 アメリアは頷く。


「はい」


「撤退した場合」


「国内で失脚します」


 静寂。

 さらに紙を置く。


「こちらが敵指揮官の経歴です」


 全員が目を通す。


 軍功。

 出世。


 軍功。

 出世。


 軍功。

 出世。


 見事なまでにそれだけだった。


「功績主義か」


 アルフレッドが呟く。


「はい」


「今回も同様です」


 アメリアが地図へ歩く。

 敵軍の駒を動かした。


「補給不足」


 駒を置く。


「兵力損耗」


 駒を置く。


「混成軍」


 駒を置く。


「撤退不能」


 駒を置く。


 そして。

 山岳地帯西側。


 河川沿いを指差した。


「最終作戦はこちらです」


 地図に赤線が引かれる。

 将軍達が身を乗り出す。


「川?」


「はい」


 アメリアは頷いた。


「現在の降雨量は予測値を上回っています」


「河川水量も増加しています」


 一拍。


「故に」


 会議室が静まる。


「防波堤を解放します」


 全員が息を呑んだ。


「……決壊させるのか」


 公爵が低く問う。


「はい」


 アメリアは答える。


「敵軍がこの地点へ到達した瞬間」

「濁流で飲み込みます」


 静寂。

 作戦としては理解できる。


 理解できるが。

 大胆過ぎた。


 否。

 大胆というより。


 冷徹だった。


「敵軍は明後日午前」


 アメリアが言う。


「この地点へ到達します」


 地図を指差す。


「誤差は」


 数秒。

 資料を確認。

 計算。

 再確認。


「三十分以内です」


 誰かが息を呑んだ。


「三十分だと……?」


「はい」


 アメリアは頷く。


「これ以上広いと防波堤解放作戦が成立しませんので」


 当然のように言う。


 当然ではない。

 三十分単位で敵軍の到着時間を予測しているのだ。


 将軍達が顔を引きつらせる。


 アルフレッドは呆れたように息を吐いた。


「怖いな」


 誰も否定しなかった。


 敵ではない。

 目の前の味方がだ。


 戦況を読んでいるのではない。


 未来を逆算している。


「待て」


 老将軍が口を開いた。


「防波堤を誰が解放する」


 その一言で空気が変わった。


 確かに。

 作戦は分かった。


 だが。

 実行者は。

 アメリアは机から一冊の冊子を取り出した。


「こちらに手順書があります」


 将軍が受け取る。


 読む。

 沈黙。


 読む。

 さらに沈黙。


「……長いな」


「はい」


 アメリアは頷く。


「誤作動防止です」

「国防設備ですので」

「簡単に開かないよう設計されています」


 当然だった。

 敵に利用されては意味がない。


「誰が行く」


 公爵が問う。


 静寂。


 そして。

 アメリアが口を開いた。


「私が行きます」


 全員が固まった。


「何を言っている」


 公爵が立ち上がる。


「お前が行く必要はない」


 だが。

 アメリアは揺れなかった。


「私なら短時間で解放可能です」

「構造も把握しています」

「手順も理解しています」


 さらに。


「時間調整も可能です」


 静寂。


「何より」


 アメリアが顔を上げる。

 その瞳は真っ直ぐだった。


「この戦争を一日でも早く終わらせる為に必要です」


 誰も何も言えなかった。


 本気だった。


 戦術でも。

 功績でもない。


 終わらせたいのだ。

 一人でも多く生かしたいのだ。


 それが分かる顔だった。


 公爵は娘を見る。


 理解できる。

 必要性も分かる。

 理屈も分かる。


 だが。

 認められなかった。

 認めたくなかった。


 父親だから。


「駄目だ」


 低い声だった。


「行かせられん」


 会議室が静まる。


 誰も口を開けない。


 その時だった。


「なら」


 新しい声。


 アルフレッドだった。


 全員が振り向く。


「俺も行こう」


「第二王子殿下?」


 騒然となる。


 だが。

 本人は平然としていた。


「近衛も連れて行く」


 そして。

 アメリアへ視線を向ける。


「アメリア嬢は」


 一拍。


「レイナード王国監査局長殿は必ず守る」


 静寂。


 誰も何も言えない。


 第二王子。

 近衛騎士。

 公爵令嬢。


 これ以上ない護衛体制だった。


 公爵だけが苦い顔をする。

 理屈では反対できない。


 だが。

 感情では反対したい。


 そんな顔だった。


 アメリアは静かに頭を下げる。


「ありがとうございます」


 アルフレッドは苦笑した。


「礼なら」


 一度言葉を切る。


「無事に帰ってきてから言え」


 アメリアは小さく頷いた。


「はい」


 その返事を聞きながら。

 公爵だけは言いようのない胸騒ぎを覚えていた。


 窓の外には曇り空。


 雨は止んでいる。


 だが。

 どこか嫌な予感だけが。

 静かに胸へ残り続けていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

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