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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十三章 侵略編攻略

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第五話 申し訳ございません

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 夜だった。

 昼間の喧騒が嘘のように静かだった。


 雨音だけが聞こえる。

 窓を叩く一定の音。


 司令部の一室。


 灯りは一つだけ。

 机に向かう少女がいる。


 アメリアだった。


 目の前には一枚の書類。


 戦果報告ではない。

 勝利報告でもない。


 戦死者名簿。


 最初の一行を読む。


 名前。

 年齢。

 所属。

 遺族。


 簡潔な記録。

 ただそれだけ。


 戦争とはそういうものだ。


 だが。

 アメリアには。


 数字には見えなかった。


 パン屋の青年。

 二十一歳。

 未婚。

 家族は母と妹。


 名前に見覚えがあった。


 監査局へ差し入れを持ってきたことがある。

 焼き立てのパンを抱えて。

 緊張した顔で。


 思い出せる。


 次のページ。


 居酒屋の店主。

 三十六歳。

 妻あり。

 子供二人。


 領内巡回の時。

 公爵領の税制変更について熱弁していた男だ。


 次。


 子供が生まれる予定だった男。

 二十五歳。

 妻妊娠中。



 その一行で。

 アメリアの視線が止まった。


 静寂。


 数字にならない。


 帳簿にならない。


 名前。

 人生。

 家族。

 未来。


 失われた。


 戦死者三名。


 紙の上では。

 それだけだった。


 だが。

 その三名には人生があった。


 アメリアは目を閉じた。


 戦況は良好。

 死傷率は予測以下。

 作戦も成功。


 帳簿上は完璧だ。


 それでも。


 

 三人死んだ。



「……」


 無意識に資料へ手を伸ばす。


 部隊配置図。

 地形図。

 補給計画。

 行軍速度。

 戦闘記録。


 そして考える。


 もっと良い配置は。


 もっと早く補給を動かせていたら。


 伏兵位置を変更していたら。


 誘導経路を一つずらしていたら。


 別のやり方はなかったか。


 もっと。


 もっと。


 もっと。


 紙へ数字を書き込む。


 消す。


 書く。


 消す。


 書く。


 消す。


 答えが出ない。


 戦争だから。


 そんな言葉では終われない。


 監査官だから。


 原因があるはずだった。


 結果があるなら。

 原因もある。


 改善できるはずだった。


 ずっとそうやってきた。


 無駄な予算。

 腐敗。

 不正。

 飢饉。

 物流。


 全て改善できた。



 だから。


 人の死だって。


 改善できるはずなのに。


 答えが見つからない。



 机へ新しい紙を広げる。


 被害分析。


 戦死者三名。


 その数字を見つめる。


 もっと。


 もっと。


 もっと。


 考える。


 外では雨が降っていた。


 時間が過ぎる。


 一時間。


 二時間。


 三時間。


 それでも。

 席を立たない。


 考え続ける。


 もっと良い手は。


 もっと。


 もっと。


 もっと。



 夜は深かった。

 雨はまだ降っている。


 司令部の灯りも大半が消えていた。


 兵士達も。

 将校達も。

 明日に備え休息を取っている。


 そのはずだった。


◇ 


 公爵は廊下を歩いていた。


 最後の確認。

 補給状況。

 警戒配置。

 避難先の報告。


 領主の仕事は終わらない。


 そんな時だった。


 廊下の先に灯りが見えた。


 監査局臨時執務室。


 公爵は足を止める。


 こんな時間だ。


 扉の前まで来る。 


 中から聞こえるのは紙を捲る音だけ。


「アメリアか」


 小さく呟く。


 軽く扉を叩いた。 


「入るぞ」


 返事はない。


 聞こえなかったのかと思った。


 公爵は扉を開く。


 中にいたのは。


 やはりアメリアだった。


 机いっぱいに広げられた資料。


 戦死者名簿。

 部隊配置図。

 補給計画。

 行軍記録。

 戦闘報告。


 そして。


 無数の計算式。


 アメリアは紙に何かを書いている。


「アメリア」


 呼び掛ける。


 反応はない。


 ペンだけが動く。


 公爵は眉をひそめた。


「アメリア」


 二度目。


 それでも反応はない。


 聞こえていない。


 公爵は机へ近付いた。


 そして。


 書かれている内容を見た。



 戦死者三名。


 その下に。


 別経路案。

 再配置案。

 誘導経路変更。

 補給時間短縮。

 伏兵位置修正。


 全て。


 全て。



 戦死者を減らすための計算だった。



「こちらなら一名」


 アメリアが呟く。


 線で消す。


「補給速度が不足します」


 書く。


「なら別案」


 また書く。


「これでも二名」


 紙をめくる。


「もっと良い手は」


 さらに計算。


「もっと」


 書く。


「もっと」


 書く。


「もっと」


 書く。



 公爵は息を呑んだ。


 戦況を分析しているのではない。


 次の戦いへ備えているのでもない。


 死者に囚われている。

 


 三人に。


 帰れなかった三人に。



「アメリア」


 もう一度呼ぶ。


 反応はない。


「アメリア」


 反応はない。


 視線は紙に釘付けだ。


 公爵の顔が険しくなる。


「アメリア!!」


 それでも反応しない。


 聞こえていない。


 完全に沈んでいる。


 公爵は娘の肩を掴んだ。

 強引にこちらへ向かせる。


 だが。

 アメリアの視線はまだ戦死者名簿を追っていた。


 その瞬間。

 乾いた音が部屋に響く。

 


 パァンッ。


 

 静寂。



 アメリアの顔が横へ流れる。

 


 ようやく。

 


 瞳に焦点が戻った。


「……お父様?」


 公爵は怒鳴った。


「アメリア・フォン・アルフォード!!」


 部屋が震える。


 アメリアが目を見開く。


 何が起こったのか理解できていない顔だった。


 公爵は机の上の紙を掴み上げる。


「いつまでやるつもりだ」


 机へ叩き付けた。


 無数の計算式。


 無数の修正案。


 全て同じ結論へ向かっている。



 どうすれば死ななかったか。



 それだけだ。


「申し訳ございません」


 反射的に頭を下げる。


 公爵の怒鳴り声が飛ぶ。


「違う!」


 アメリアが固まる。


「後にしろ!」


 静寂。


「ですが」

「後にしろと言った!」


 アメリアが言葉を失う。


 公爵は胸ぐらを掴んだ。


 初めてだった。


 こんなことをするのは。


 だが。


 今は言わなければならない。


「お前を信じて戦った奴らの事を思うなら」


 低い声だった。


 怒鳴るよりも重い声。


「この戦争を終わらせる事を考えろ!!」


 沈黙。


 アメリアの瞳が揺れた。


 初めて。


 計算ではない言葉が届いた。


「……」


「死者は戻らん」


 公爵は言う。


「二度とだ」


「……はい」


「ならこれ以上増やすな」


 静かな声だった。


「お前にしか出来ん仕事がある」


 アメリアは俯いた。


 唇を噛む。


 それでも。


 ようやく戦死者名簿から目を離した。


「申し訳ございません」


 小さな声だった。


 公爵は大きく息を吐く。


 怒気が消える。


 目の前にいるのは軍師ではない。


 まだ十代の娘だ。


 初めて人の死を背負った娘だった。


「お前は良くやっている」


 アメリアが顔を上げる。


 公爵は視線を逸らした。


「……叩いてすまなかった」


 沈黙。


 そして。


「いえ」


 アメリアが小さく答える。


「ありがとうございます」


 その声を聞いて。


 公爵はようやく安堵した。


 娘は戻ってきた。

 まだ完全ではない。


 それでも。

 少なくとも今は。


 数字の海から顔を上げていた。



 窓の外では。

 雨が降り続いている。


 静かに。

 止まることなく。


 そして二人は。

 しばらく何も言わず。


 その雨音を聞いていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

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