表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十三章 侵略編攻略

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
130/155

第四話 戦死者三名です

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 戦争は。

 始まってしまえば早かった。


 敵軍主力が山岳地帯へ進入したとの報告が入ったのは、

 作戦決定から二日後のことだった。


 前線司令部。

 壁一面の地図。

 机一面の報告書。


 伝令がひっきりなしに出入りしている。


「敵前衛、第一誘導地点を通過!」

「予定通りです」


 アメリアが即座に答える。


「第二誘導部隊後退完了!」


「補給部隊との距離は?」

「約三キロ!」


 紙へ数字を書き込む。

 さらに別の報告が飛び込む。


「敵後続部隊が行軍遅延!」

「雨の影響です!」


 会議室がざわつく。

 アメリアだけは冷静だった。


「予測範囲内です」


 紙へ線を引く。


「補給部隊との距離はさらに拡大します」


「敵戦力分散率は?」


 公爵が問う。

 アメリア。


「七十二パーセント」


 即答。


「誘導は成功しています」


 将軍達が顔を見合わせる。


 本当に成功している。


 あれだけ大規模な軍勢が。

 あれだけの兵力差が。

 まるで彼女の描いた帳簿通りに動いていく。


 アルフレッドが小さく息を吐いた。


「見ていて敵が気の毒になるな」


「敵ですので」


 アメリアは書類から顔を上げない。


「気の毒ですが」


 少しだけ沈黙。


「勝っていただく訳にはいきません」


 当たり前の言葉。

 当たり前の返答。


 だが。

 どこか冷静過ぎた。


「敵前衛、分断成功!」


 伝令が叫ぶ。

 司令部の空気が変わった。


「奇襲部隊配置完了!」

「伏兵配置完了!」

「補給線遮断部隊待機!」


 全て予定通り。


 本当に。

 驚くほど予定通りだった。


 アメリアが静かに顔を上げる。


「開始してください」


 その一言で。

 戦場が動いた。


    ◇


 山岳地帯。

 敵前衛部隊。


「なんだと!?」


 敵将が怒鳴った。


「補給部隊が来ないだと!?」


「はっ!」


「雨による進軍遅延かと!」


 違う。

 それだけではない。


 だが敵はまだ気付いていない。


 その瞬間。

 笛の音が響いた。


 次の瞬間。


「敵襲!!」


 山から矢が降り注いだ。


 悲鳴。

 混乱。

 叫び声。

 馬が暴れる。


 前線が崩れる。


「伏兵だ!!」


「迎撃しろ!!」


 しかし遅い。

 さらに別方向から第三部隊が突撃。


 敵軍は完全に混乱した。



 司令部。


「奇襲成功!」


 歓声が上がる。


「敵前衛混乱!」

「補給線遮断成功!」

「敵主力前進停止!」


 将軍達の表情が明るくなる。

 公爵も頷いた。


「よし」


 戦況は良い。

 極めて良い。


 予想を上回るほど良い。


 だが。

 一人だけ表情を変えていない者がいた。


 アメリアだ。


「どうした」


 アルフレッドが尋ねる。


 アメリアは報告書を見ている。

 勝利報告ではない。


 別の紙。


「味方被害です」


 アルフレッドが視線を落とす。


 そこには。


 戦死 三名。

 重傷 九名。

 軽傷 二十七名。


 そう書かれていた。


「……少ない方だぞ」


 アルフレッドは言う。

 本心だった。


 この規模の戦闘なら奇跡的と言っていい。


 むしろ大勝利だ。


 だが。

 アメリアは黙ったままだった。


 紙を見る。

 数字を見る。

 名前を見る。


 そして。

 ゆっくりと目を閉じる。


「三名」


 小さな声だった。


「え?」


「戦死者三名です」


 それだけ言う。


 アルフレッドは言葉に詰まった。


 彼女にとって。

 その数字は成果ではない。


 失われた命だった。



 夕暮れ。

 雨はまだ降っていた。


 戦闘は終わった。


 少なくとも今日は。

 敵軍は混乱している。


 補給線も崩壊した。


 こちらの勝利だ。

 誰もがそう思っていた。


 前線では歓声が上がっている。


「やったぞ!」


「勝った!」


「ざまぁみろ!」


 兵士達が笑う。

 酒も配られる。

 久しぶりの笑顔だった。


 死ぬかもしれないという恐怖。

 失うかもしれないという不安。


 それを乗り越えたのだから当然だった。


 将校達も喜んでいる。

 公爵も安堵していた。

 アルフレッドも同じだった。


 だが。

 一人だけ。


 その輪の中にいない者がいた。


 アメリア。


 司令部の片隅。

 机に座り。

 静かに報告書を読んでいる。


 戦死。

 三名。


 重傷。

 九名。


 軽傷。

 二十七名。


 その数字だけを。

 何度も見ていた。


 公爵はふと娘へ目を向ける。


 勝利報告を整理しているのだろうと思った。


 だが。

 アメリアは歓声を見ていなかった。


 兵士達も。

 将校達も。


 見ていない。


 一枚の報告書へ視線を落としたまま動かない。


 公爵は僅かに眉をひそめる。


 違和感。

 本当に小さな違和感だった。


 娘は昔から数字を見る。

 帳簿を見る。


 だから不思議ではない。

 不思議ではないのだが。


 勝利を確認しているようには見えなかった。


 何か別のものを見ているような。

 そんな気がした。


「アメリア」


 一度呼ぶ。

 アメリアが顔を上げた。


「はい」


 返事はいつも通りだった。

 表情も変わらない。


 だから公爵はそれ以上何も言わなかった。


 考えすぎだろう。


 戦時中だ。

 疲労もある。

 緊張もある。


 そう結論づける。


 だが。

 胸に残った小さな違和感だけは消えなかった。



 勝った。

 確かに勝った。


 だが。

 三人死んだ。


 自分の作戦で。

 自分の指示で。


 三人が帰れなくなった。


 数字が頭の中を回る。


 補給計画。

 部隊配置。

 誘導経路。

 伏兵位置。


 もっと良い配置はなかったか。

 もっと安全な作戦は。


 もっと。


 もっと。


 もっと。


 考えているうちに。

 外から歓声が聞こえた。


 勝利を祝う声。


 だが。

 アメリアは立ち上がれなかった。


 喜べなかった。


 帳簿上は大成功。

 完璧に近い結果。


 けれど。

 その帳簿のどこにも。


 死者をゼロにする数字は存在しなかった。


 窓の外では。

 雨が降り続いていた。


 静かに。

 止まることなく。


 その雨音だけが。

 アメリアの耳に残り続けていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ