第一話 始まりますね
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王城へ届けられた報告は、朝の静寂を容易く破壊した。
西部諸侯の一角。
その一領主が反旗を翻した。
さらに。
それだけでは終わらない。
同日。
西部国境の国家より正式な宣戦布告。
もはや局地的な反乱ではない。
戦争だった。
◇
王城会議室。
重苦しい空気の中、王国首脳が集められていた。
国王。
王太子ルーカス。
王太子妃ミリア。
第二王子アルフレッド。
宰相以下、重臣達。
机上には報告書が並ぶ。
敵兵力。
補給線。
侵攻予測。
そして。
公爵領から送られてきた詳細な分析資料。
そのほとんどがアメリアの手によるものだった。
沈黙。
最初に口を開いたのはミリアだった。
「私が向かいます」
会議室が静まる。
だが。
即座に異論が飛んだ。
「なりません」
政務官の一人が頭を下げる。
「あなた様は王太子妃でございます」
「しかし」
「王都を空けられませぬ」
当然だった。
戦争が始まる。
王太子と王太子妃は王都に残り、政務を支える立場だ。
理解している。
理解していても。
ミリアは唇を噛んだ。
その姿を見て。
一人の男が椅子から立ち上がった。
「なら、俺が行く」
アルフレッドだった。
周囲が息を呑む。
「アルフレッド様」
「あなたは第二王子で」
重臣の言葉を遮るように。
アルフレッドは続けた。
「戦時下に王家が誰一人動かなければ」
一度。
会議室を見回す。
「仕えてくれている臣下に示しがつかない」
静寂。
誰も反論できない。
王家が率先して責任を負う。
それは貴族社会において何よりの意味を持つ。
沈黙が流れた。
そして。
今度はルーカスが立ち上がる。
「なら、俺が」
アルフレッドの目が僅かに揺れた。
「王太子殿下」
一拍。
そして。
「……いや、兄さん」
ルーカスが目を見開く。
公的な場で。
アルフレッドがそう呼ぶのは珍しかった。
「あなたは王太子だ」
真っ直ぐ見据える。
「国に必要な人間だ」
「ここは俺が行く」
ルーカスの拳が強く握られる。
「……っ」
言い返せない。
分かっている。
理解している。
王太子は前線には出られない。
王都を守る責任がある。
だが。
それでも。
臣下を。
弟を。
危険な最前線へ放り込みたくはなかった。
長い沈黙。
やがて。
国王が口を開いた。
「……アルフレッド」
静かな声だった。
「行ってくれるか?」
王としての言葉。
父としてではなく。
国家を背負う人間としての言葉。
アルフレッドは跪いた。
「その命、拝命いたします」
顔を上げる。
迷いは無い。
国王は頷いた。
「頼んだ」
「はっ」
そこで会議は終わった。
誰も気付かなかった。
いや。
気付いていても口にしなかった。
国王は表情を変えていない。
変えていないつもりだった。
だが。
その顔はどこか悲痛に満ちていた。
王として正しい判断。
だが。
父としては。
決して嬉しい命令ではなかった。
◇
同時刻。
アルファード公爵領。
公爵家会議室。
こちらの空気もまた重い。
「侵攻予測はこちらです」
アメリアが資料を机へ広げる。
敵主力。
補給線。
兵力推移。
進軍可能経路。
避難計画。
物資在庫。
全て整理されていた。
公爵は資料へ目を通す。
最後に。
一枚の報告書へ視線が止まった。
「裏切った領主だが」
低い声。
「宰相派と繋がりがあるらしいな」
「ええ」
アメリアが頷く。
「確認済みです」
「厄介な相手だな」
公爵は小さく息を吐いた。
敵は国外だけではない。
国内にもいる。
面倒極まりない状況だ。
だが。
アメリアは表情を変えない。
「ですが」
資料を閉じる。
「やることは変わりません」
全員の視線が集まる。
「敵を分析し」
「補給を管理し」
「住民を避難させ」
「戦力を最大限活用する」
淡々と言う。
「それだけです」
簡単に聞こえる。
だが。
それは最も難しいことでもある。
会議室に緊張が走る。
そして。
公爵が立ち上がった。
「全軍へ通達」
誰もが姿勢を正す。
「これより公爵領防衛戦を開始する」
短い言葉。
それだけだった。
だが充分だった。
将校達が動き出す。
文官達が走る。
伝令が飛び出す。
会議室から人が消えていく。
戦争が始まる。
その中で。
アメリアだけは最後まで地図を見ていた。
敵の侵攻経路。
河川。
山岳。
街道。
数字。
帳簿。
物流。
補給。
全てが頭の中で繋がる。
戦争もまた。
巨大な業務だった。
違うのは一つだけ。
失敗した時に失われるのが。
金ではなく。
人の命だということ。
アメリアは資料を閉じた。
「始まりますね」
小さな呟き。
それに答えたのは公爵だった。
「ああ」
短い言葉。
重い言葉。
そして。
西部の空には。
既に戦雲が立ち込めていた。
お読み頂き、ありがとうございます。




