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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十二章 侵略編奇襲

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終話 褒め言葉でしょうか

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 公爵領執務室。


 窓を叩いていた豪雨はようやく勢いを弱め始めていた。

 机の上には戦況報告書が積まれている。


 被害報告。

 救助報告。

 補給報告。

 伝令報告。


 そのどれもが良好だった。


 公爵は報告書を閉じる。


 深く息を吐いた。


「……勝ったな」


「はい」


 向かい側。

 アメリアが淡々と答えた。


 まるで当然の話をしているようだった。


 公爵は娘を見る。


 そして。

 戦場で見た光景を思い出した。


 落とし穴。

 炎。

 悲鳴。

 逃げ惑う兵士達。


 戦争だった。


 だが。

 どこかがおかしい。


 剣で勝ったわけではない。

 武勇で勝ったわけでもない。


 何か別のもので勝った。


「アメリア」


「はい」


「お前は読んでいたのか」


 アメリアが首を傾げた。


「何をでしょう」


「敵の動きだ」


 公爵は言う。


「奇襲」

「工作」

「潜入」

「正面攻撃」


「全てだ」


 沈黙。


 アメリアは数秒考えた後。


 静かに首を横へ振った。


「いいえ」


「……読んでいない?」


「はい」


 公爵が眉をひそめる。


「なら何故だ」


 その問いに。


 アメリアは机の上の地図を広げた。


 公爵領全域。


 道路。


 橋。


 備蓄倉庫。


 避難所。


 鐘楼。


 排水設備。


 全てが描かれている。


「お父様」


 アメリアが地図を指差す。


「敵が攻めて来なかったらどうなりますか」


「何?」


「道路」


 指先が動く。


「橋」


「倉庫」


「避難所」


「鐘楼」


「排水設備」


 公爵は答える。


「役に立つ」


「はい」


 アメリアは頷いた。


「洪水でも役に立ちます」


「飢饉でも役に立ちます」


「疫病でも役に立ちます」


 さらに続ける。


「戦争でも役に立ちます」


 公爵は黙った。

 アメリアは静かに言う。


「戦争のために作ったのではありません」


「元々必要だったものです」


「結果として戦争にも使えました」


 その言葉に。

 公爵はぞくりとした。


 戦争用の罠ではない。

 戦争用の防衛設備でもない。


 もっと前。

 もっと根本の部分だった。


「では」


 公爵が問う。


「落とし穴は?」


「水害対策です」


「……水害?」


「はい」


 アメリアは頷いた。


「増水時に負荷が集中した際、一部を意図的に崩落させる仕組みです」

「被害を限定するために作りました」


 公爵は絶句した。


 戦争のためではない。


 本当に違う。


 結果として戦争に転用されたのだ。


「油もか」


「はい」


「元々は災害後の処理用です」


 さらりと言われる。


 だが。

 その結果があの地獄だった。


「お前は」


 公爵が呟く。


「最初からそこまで考えていたのか」


 アメリアは少しだけ考えた。


 そして。


「いいえ」


「想定しただけです」


 当然のように言われた。


 公爵は息を吞む。

 それは公爵にとって最も理解し難い答えだった。


 アメリアが地図へ視線を落とす。


「敵が慎重なら包囲します」

「強引なら正面攻撃します」

「機を重視するなら奇襲します」

「時間をかけるなら兵糧攻めをします」


 静かな声。


「今回はこの形だっただけです」


 公爵は言葉を失う。


 予想ではない。

 予言でもない。


 もっと恐ろしいものだった。


「予想ではありません」


 アメリアが言う。


「準備です」


 部屋が静まり返った。


 窓の外では雨が止み始めている。


 公爵はようやく理解した。


 敵が敗北した理由を。


 敵は戦争が始まってから動いた。

 アメリアは戦争が始まる前に動いていた。


 その差だった。


 娘は敵を見ていたのではない。

 人を見ていたのでもない。


 仕組みを見ていた。


 そして。

 必要な準備を積み重ねていただけだった。


「……本当に恐ろしい娘だ」


 思わず漏れる。

 アメリアはきょとんと首を傾げた。


「褒め言葉でしょうか」


 公爵は思わず笑った。


「褒め言葉だ」


 心からそう思う。


 そして同時に。

 誰より誇らしくも思っていた。


 こんな娘が。

 自分の娘なのだから。

お読み頂き、ありがとうございます。

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