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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十二章 侵略編奇襲

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第一話 平和に浸かり過ぎたか

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

※本章は凄惨な描写が書かれております。

 夜の帳が落ちる。

 執務室に広げられた地図の上で、一人の男が指を滑らせた。


 公爵領。

 王国西部最大の穀倉地帯。


 近年急激に発展を続ける豊かな土地。


 そして。

 今回の獲物だった。


「偵察結果を報告しろ」


 敵軍司令官の声に、部下の一人が一礼する。


「異常ありません」


「続けろ」

「主街道の警備は通常通り。兵士数に変動なし」


「城壁は?」

「補修済みではありますが規模に変化なし」


「訓練は」

「継承式典に向けた演習が行われております」


 司令官は頷いた。

 予想通りだった。


 平和な領地。

 豊かな領地。

 そして改革好きの公爵家。


 報告書にもそれはよく表れている。


 行政改革。

 流通改革。

 徴税改革。

 防災改革。

 教育改革。


 近年は戦争よりも内政に力を注いでいた。


「平和に浸かり過ぎたか」


 司令官が呟く。


「金勘定ばかりしていた連中が、戦などできるものか」


 周囲から笑いが漏れた。

 副官も笑う。


「むしろ楽な相手ですな」

「ああ」


 司令官は地図を見下ろした。


「この戦は勝つ」


 今回の侵攻は領地紛争を装っている。


 表向きは国境問題。

 だが実際は違う。


 西方国家による侵略。


 その先兵。

 それが自分達だった。


 既に兵は集まっている。


 武器もある。

 物資もある。


 後は踏み潰すだけだった。


「進軍開始」


 命令が下る。

 軍勢が動く。


 夜の街道を埋め尽くす兵列。


 旗が揺れる。

 鎧が鳴る。

 勝利を疑う者はいなかった。



 進軍開始から三日目。


 空は朝から鉛色だった。

 昼を過ぎる頃には雨が降り始め。

 夕刻には豪雨へ変わった。


 視界は悪い。

 街道は霞み。


 遠方の山々すら見えない。


 雨粒が甲冑を叩く音だけが響いていた。


「報告!」


 伝令が司令部へ飛び込む。


「雨量は例年の一・五倍とのことです!」


 副官が顔をしかめた。


「厄介ですな」


 大軍の移動に雨は天敵だ。


 街道はぬかるみ。

 補給車両は立ち往生し。

 橋は流される。


 それが普通だった。


 だが。


「街道被害なし!」


「何?」


「排水設備が機能しております!」

「橋梁被害なし!」

「増水対策済みです!」


 伝令が続ける。


「進軍速度は現状維持可能かと!」


 司令部にどよめきが走った。

 副官が感心したように息を吐く。


「防災改革の成果か」


「ああ」


 司令官も頷く。


「大したものだ」


 豪雨の中でも軍は止まらない。

 補給も途切れない。


 橋も使える。

 街道も沈まない。


 むしろ進軍しやすい。


 皮肉な話だった。


 敵が整備した領地のおかげで。

 侵略軍の移動が楽になっている。


 副官が笑う。


「天候まで我々に味方しておりますな」


 周囲から笑いが漏れた。

 司令官も口元を緩める。


「ああ」


 天幕を叩く豪雨を見る。


「これだけ降れば見張りも鈍る」

「足跡も消える」

「潜入部隊も動きやすい」


 誰も反論しない。


 雨。

 闇。

 視界不良。


 奇襲には理想的な条件だった。

 まるで天が味方しているようだった。


 その時は。

 本当にそう思っていた。


「前方街道に異常あり!」


 別の伝令が飛び込む。


「敵軍か?」


「いえ!」


「街道が整備されています!」


 司令官は眉をひそめる。


「意味が分からん」

「詳しく説明しろ」


「馬車二台が並んで往来できる規模です!」

「さらに排水溝も整備済み!」

「損傷箇所もありません!」


 副官が感心したように口笛を吹いた。


「それはありがたい」

「進軍しやすいな」


「はい!」

「移動速度は通常より早くなるかと」


 司令官は笑った。


「なるほど」

「発展した領地というわけだ」


「橋です」


「橋?」


「旧橋梁が全て補修されています」

「補強済みです」

「大型荷車も通行可能かと」


 副官が頷く。


「補給も楽になるな」

「ああ」


 さらに。


「各地に小規模倉庫多数」


「内容は」

「食料」

「飲料水」

「医薬品」

「工具」


「数は把握できただけで十三」


 副官が笑う。


「よほど用心深い領主らしい」

「だろうな」


 司令官も笑った。


「まあ平和な土地ほど蓄えたがる」


 むしろ好都合だった。

 占領後に利用できる。

 兵士達の空気も軽い。


 想定通り。

 全て順調。


 勝利は近い。

 誰も疑っていなかった。


 その日の夜までは。


「第一陣は予定通り夜襲」


 司令官が命じる。


「潜入部隊」

「はっ」


「工作部隊」

「はっ」


「伝令遮断部隊」

「はっ」


「同時に動け」


 三隊が敬礼する。


 奇襲。

 工作。

 伝令妨害。


 混乱を起こし。

 守備隊を動揺させ。

 本隊で踏み潰す。


 教本通り。

 手慣れた作戦だった。


 そして部隊は夜闇へ消えた。


 静かに。

 確実に。


 誰にも気付かれず。

 公爵領内部へ。

 司令官は確信していた。


 勝った。


 そう。

 確信していた。


 だから。

 数時間後の報告が理解できなかった。


「申し上げます!」


「何だ」


「潜入部隊から連絡がありません!」


 司令官は眉をひそめた。


「遅れているだけだろう」


「確認の伝令も戻っておりません」


 空気が少しだけ変わる。


「工作部隊は」

「現在確認中です」


 嫌な予感。

 だがまだ小さい。


 しかし。

 その予感は次々と現実になる。


「報告!」

「工作部隊と連絡途絶!」


「報告!」

「伝令遮断部隊と連絡途絶!」


 沈黙。


 三部隊。

 同時消失。


 説明がつかない。


「捕まったのか?」


「三部隊同時はありえません」


 副官の額に汗が浮かぶ。


 司令官も地図を見つめる。


 潜入経路は別。

 目的も別。

 地点も別。


 それなのに全て消えた。


 まるで。

 最初から待ち構えられていたように。


「調査隊を出せ」


「全部だ」


 命令が飛ぶ。

 さらに兵が消える。


 そして夜明け。

 ようやく一人だけ帰還した。


 血まみれだった。


 顔面は蒼白。

 馬から転がるように降りる。


「報告しろ」


 兵士は震えていた。


「……いました」


「何がだ」


「全部です」


「何?」


「街道にも」

「森にも」

「谷にも」

「橋にも」


 司令官は理解できない。


「何の話だ」


 兵士が震える声で答える。


「兵です」


 天幕が静まり返る。


「公爵領兵が」

「どこにでもいました」


 誰も言葉を失った。


 兵士は続ける。


「潜入経路」

「工作地点」

「連絡路」


「全部です」


 副官が叫ぶ。


「読まれていたのか!?」


「分かりません!」


 兵士も叫び返した。


「ですが!」


 その顔には恐怖が浮かんでいた。


「まるで最初から」

「そこを通ると知っていたようでした……」


 沈黙。

 誰も喋らない。


 司令官だけが地図を見ていた。


 整備された街道。

 補修された橋。

 備蓄倉庫。


 豊かな領地。

 平和な領地。

 改革ばかりしている領地。


 本当にそうだったのか。


「何が起きている……?」


 答える者はいない。


 そして。

 嫌な予感は現実へ変わっていく。

お読み頂き、ありがとうございます。

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