表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十一章 侵略編序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
122/137

第六話 後悔しないためにな

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 王城。

 王太子執務室。


 窓の外は既に暗くなっていた。


 だが。

 ルーカスはまだ自室に戻れなかった。


 机の上に並ぶ資料。


 市場統計。

 物流統計。

 戦史。

 過去記録。


 そして。

 ミリアがまとめた報告書。


 戦争準備の可能性あり。


 短い。

 だが重い一文だった。


 ルーカスは椅子にもたれた。

 天井を見る。


「厄介だな」


 誰もいない部屋。

 独り言だった。


 戦争は起きないかもしれない。

 可能性に過ぎない。


 だが。

 起きるかもしれない。


 そして。

 もし起きた時。


 対応が遅れれば人が死ぬ。

 領地が焼かれる。

 国が揺らぐ。


「どうしろというんだ」


 思わず呟く。


 その時。

 脳裏にアメリアの顔が浮かんだ。


 今なら分かる。


 だから報告してこなかったのだ。


 いや。

 正確には。

 報告できなかった。


 王家が露骨に動けばどうなるか。


 外交問題。

 王国内部の混乱。

 貴族達の警戒。

 市場不安。

 風評被害。


 戦争が起きなかった場合。

 損害は甚大になる。


「だから何も言わなかったのか」


 ルーカスは苦笑した。

 本当に面倒な女である。


 だが。

 同時に思う。


 だからアメリアなのだと。


 確定していない。

 だから騒がない。


 だが。

 無視もしない。

 備える。


 まるで監査だ。


 不正が起きるかもしれない。

 だが証拠はない。

 だから断罪しない。


 しかし対策は打つ。


 今回も同じだった。


 その時。

 執務室の扉が叩かれた。


「入れ」


 姿を見せたのはミリアだった。

 手には資料を抱えている。


 表情は固い。

 だが迷いはない。


「ルーカス様」


「どうした」


「助けましょう」


 ルーカスが目を細める。


「公爵領を」


 静かな声だった。


 だが。

 その決意は伝わった。


「アメリア様は気付いています」

「危険にも」

「戦争の可能性にも」

「このままでは危険です」


 ルーカスは目を閉じる。

 自分も同じ事を考えた。


 だからこそ。

 答えも同じだった。


「だめだ」


 ミリアが固まる。


「なぜですか」


「支援そのものは問題ない」


 ルーカスは静かに言った。


「だが今は駄目だ」


 ミリアが眉をひそめる。


「なぜですか」


 ルーカスは机の上の資料を指で叩いた。


「今の公爵領は改革を続けている」


「教育機関」

「物流改革」

「行政改革」


「どれも順調だ」


 ミリアは頷く。


 それは事実だった。


 だからこそ支援したい。

 そう思った。


 だが。

 ルーカスは首を振る。


「そこへ王家が大量の資金と物資を送ったらどう見える?」


 ミリアは答えられなかった。


 ルーカスは続ける。


「周辺国は改革を見ている」

「貴族達も見ている」

「もしそこに突然王家の支援が加われば」


 一拍。


「戦争準備だと疑われる」


 ミリアが息を呑む。


「そんな……」


「そうだ」


 ルーカスは頷いた。


「こちらにそのつもりがなくても関係ない」

「相手がどう解釈するかだ」


 窓の外へ視線を向ける。


「警戒を招く」

「余計な憶測を呼ぶ」

「外交問題になる」

「最悪の場合」


 静かな声だった。


「まだ始まっていない戦争を、本当に始めることになる」


 ミリアは言葉を失った。


 理解してしまった。


 支援したい。

 助けたい。


 それは正しい。


 だが。

 王太子はその先まで見なければならない。


 長い沈黙。


 やがて。

 ルーカスは静かに立ち上がった。


「なら」


 決断は終わっていた。


「支援ではなく」


 一拍。


「褒賞にする」


 ミリアが顔を上げた。


「褒賞?」


「ああ」


 ルーカスは資料を手に取る。


「教育機関設立」

「物流改革」

「行政改革」

「税制整備」

「監査制度との連携」


「アルフォード公爵家は成果を上げている」


「ならば」

「王家が褒賞を出す理由は十分ある」


 ミリアの目が見開かれた。


 なるほど。


 支援ではない。


 褒賞だ。


「教育機関への補助金」

「街道整備への報奨金」

「食料備蓄への奨励金」

「人口増加政策への褒賞」

「物流改善への支援金」


 全て正当。

 全て合法。

 全て善政。


 誰も怪しまない。


 だが。

 食料は備蓄になる。

 街道は軍道になる。

 人口は動員力になる。

 倉庫は兵站になる。

 全てが備えになる。


 そして。

 実際に領地も豊かになる。


「なるほど……」


 ミリアは呆然と呟いた。


「凄い……」


 ルーカスが苦笑する。


「アメリアならもっと上手くやるだろう」


「ですが」


 ミリアは首を振る。


「ルーカス様も十分凄いです」


 ルーカスが固まった。


「やめろ」

「照れるだろ」


 思わず顔を逸らす。


 ミリアは少しだけ笑った。

 その様子が妙にルーカスらしかったからだ。


 ルーカスは席へ戻る。


「さて」


 白紙を取り出す。


 そして書き始めた。


 王太子令。


 教育機関褒賞金制度。

 人口増加優良領地表彰。

 街道整備推進助成。

 食料備蓄優秀領地支援。

 物流改革成功報酬。


 数枚。

 十枚。

 二十枚。


 全て善政。

 全て褒賞。

 全て備え。


 最後の一枚へ署名する。


「よし」


 ペンを置いた。


 窓の外を見る。


 遥か西。

 アルフォード公爵領の方向。


 戦争は起きないかもしれない。

 起きるかもしれない。


 だから。

 備える。


 アメリアと同じ結論だった。


 ただし。

 方法は違う。


 アメリアは改革という名で備えた。

 自分は褒賞という名で備える。


 それが王太子の役目だ。


「後悔しないためにな」



 その夜。

 王家から発せられた褒賞制度は静かに動き始めた。


 誰も気付かない。

 誰も警戒しない。

 誰も疑わない。


 だが。

 後に王国を救う礎となる。


 王太子の決断だった。

お読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ