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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十一章 侵略編序章

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第五話 帳簿の中で

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 アルフォード公爵領。


 王都から数日。

 ミリア達はようやく目的地へ到着していた。


 馬車を降りたルーカスが伸びをする。


「相変わらずだな」


 視界に広がる光景。

 活気ある市場。

 整備された街道。


 忙しそうに働く人々。


 笑い声。

 子供達。


 どこを見ても平和だった。


 むしろ。

 王都より豊かに見える。


 教育機関の設立。

 物流改革。

 行政改革。

 監査制度。


 アメリアが積み上げてきたものが形になっていた。


「何もないぞ」


 ルーカスが率直に言う。


「ええ」


 ミリアも頷いた。


 少なくとも表面上は。

 本当に何もない。



 その日の夕方。

 二人は市場を歩いていた。


 商人に話を聞く。

 価格を見る。

 物流を見る。

 倉庫を見る。


 だが。

 異常は見つからない。


「やはり考え過ぎだったのではないか?」


 ルーカスが言った。

 責める意図はない。

 純粋な疑問だった。


「かもしれません」


 ミリアも否定しない。


 だが。

 胸の違和感だけは消えなかった。


 その時だった。


 一軒の食料品店。

 店先に並んだ麦袋。

 そこに書かれた価格を見て。


 ミリアの足が止まる。


「……あれ?」


 小さな違和感。


 だが。

 監査官にとって最も危険な感覚。


 ルーカスが首を傾げる。


「どうした?」


「少し」


 ミリアは店へ向かった。


「価格を確認しても?」


「ええ、どうぞ」


 店主も気軽に応じる。


 価格表を見る。


 去年。

 一昨年。

 今年。


 書き残された記録。


 そして。

 ミリアの眉が寄る。


 高い。


 本来なら。

 もっと安いはずだった。


 なぜなら。

 アメリアの物流改革がある。


 中継倉庫。

 街道整備。

 輸送効率化。

 共同配送。


 全て成功している。


 だから。

 アルフォード公爵領は王都より安く販売できるはずだった。


 だが。

 実際は違う。


「王都と同額……?」


 思わず呟く。

 ルーカスが聞き返す。


「何か問題なのか?」


 ミリアはすぐ答えた。


「問題です」


 即答だった。


「本来ならもっと安くなっているはずです」


 そこからだった。


 市場を回る。


 食料。

 鉄。

 木材。

 薬草。

 輸送依頼。


 片端から確認する。


 価格を聞く。

 帳簿を借りる。

 過去を調べる。

 数字を集める。


 比較する。

 分類する。

 仮説を立てる。

 検証する。


 ルーカスは途中で気付いた。


 今のミリアは。

 少しだけ。

 アメリアに似ていた。


 そして。


「ルーカス様」


「なんだ?」


「王都へ戻りましょう」


「は?」


「確認したい事があります」


 その日のうちに。

 二人は王城へと帰還した。



 三日後。

 王太子の執務室。


 机いっぱいに資料が積まれていた。

 全て王城の資料庫にあったもの。


 ミリアは無言で数字を追う。


 食料価格。

 輸送費。

 鉄価格。

 薬草需要。

 荷車稼働率。


 全てを書き出す。


 比較する。

 並べる。


「まさか……」


 ルーカスの声。

 彼も見えてきた。


 異常なのだ。


 一つ一つは小さい。


 だが。

 全部同時。

 全部同じ方向。


 増えている。


 食料。

 鉄。

 薬草。

 輸送。

 荷車。


 全部。


「偶然か?」


ルーカスが呟く。


だが。

ミリアは返事をしなかった。


机の上の資料を見つめる。


飢饉。

疫病。

災害。

魔物災害。


思いつく可能性を並べる。


そして。

静かに立ち上がった。


「過去事例を確認します」


王城資料庫へ向かった。



 夕方。

 資料庫。


 積み上げられた過去資料。


 戦史。

 災害記録。

 市場統計。

 人口資料。

 物流記録。


 ミリアは片端から調べ始めた。


 飢饉。

 違う。


 疫病。

 違う。


 災害。

 違う。


 魔物災害。

 違う。


 そして。

 一冊の資料で手が止まった。


 王国西部戦役。


 開戦前年。

 市場統計。

 物流統計。

 資材統計。


 酷似していた。


 ミリアの呼吸が止まる。


 目の前の資料。

 今の数字。


 何度も見比べる。


 もう一度。

 さらにもう一度。


 そして。

 確信した。


「……戦争だ」


 ルーカスが顔を上げる。


「何?」


 ミリアの声は静かだった。

 どこかで聞いた声に似ていた。


「絶対ではありません」


 一拍。


「ですが」


 資料へ視線を落とす。


「戦争なら」


 指先が数字をなぞる。


「既に始まっています」


 ルーカスが固まる。


「始まっている?」


 ミリアはゆっくり首を振った。


 公爵領を思い出す。


 平和な街。

 笑う人々。


 何も起きていなかった。


 だが。

 自分は知ってしまった。


 数字の意味を。

 帳簿の意味を。

 アメリアが見ていた世界を。


「帳簿の中で」


 静寂。

 誰も言葉を発しない。


 ただ。

 ミリアだけが理解していた。


 アメリアは敵を見ていたのではない。

 軍を見ていたのでもない。


 帳簿を見ていた。


 そして。

 帳簿の向こうにある戦争を見ていたのだと。

お読み頂き、ありがとうございます。

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