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監査令嬢~仕事を減らしたいだけなのに、王国が勝手に改革されていきます~  作者: 涙目
第十一章 侵略編序章

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第四話 では行きましょうか

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 王都。

 監査局本部。


 午前。

 局長室。


 机の上に積み上げられた書類を見ながら、ミリアは小さく眉をひそめていた。


 静かだ。

 驚くほどに。

 問題がない。


 監査局は今日も正常に動いている。


 滞りなく。

 完璧に。


 だからこそ。

 違和感があった。


「……おかしいのですよね」


 ミリアは指先で一枚の書類をなぞる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 長期休職申請

 提出者:アメリア・フォン・アルフォード。

 期間:未定

 理由:公爵家関係業務

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 簡潔。

 そして完璧だった。


 何も問題はない。


 何も。

 本当に何もない。


 だから異常だった。


 ミリアは椅子にもたれた。

 天井を見上げる。


 思い出す。

 アメリアという女性を。


 監査局創設以来。

 彼女は常に最前線にいた。


 不正調査。

 制度設計。

 人材育成。

 地方監査。

 改革立案。


 誰よりも働いた。


 そして。

 誰よりも休まなかった。


 むしろ。

 休まされる側だった。


「アメリア様」


 ミリアは苦笑する。


 過労で倒れかけた回数など数え切れない。

 仕事を取り上げた事もある。

 強制的に帰宅させた事もある。


 そんな人間が。


 今回は。

 自分から休暇を申請した。


 長期で。

 しかも未定。


 ありえない。


 それがミリアの結論だった。



 昼。

 監査局会議室。


 各部署の責任者が集まっていた。


 議題はいつも通り。


 案件進捗。

 人員配置。

 監査予定。


 特に問題はない。

 本当に問題はない。


 だから会議は早く終わった。


 全員が立ち上がろうとした時。

 ミリアが口を開いた。


「皆さん」


 全員が振り返る。


「アメリア様の休職について何か聞いていますか?」


 沈黙。


 しばらくして。

 首が左右に振られる。


 誰も知らない。


 一人の職員が苦笑した。


「公爵家の事でしょう?」


「そう言っていましたね」


「なら聞けませんよ」


 確かにその通りだった。


 公爵家の事情。


 王太子妃ですら無理に聞く話ではない。


 だが。

 ミリアは納得できなかった。


「そうですね」


 そう返しながらも。

 心の中では別の声がしていた。


 違う。

 そういう話ではない。



 夕方。

 執務室へ戻る。


 机の上には引継書。

 運営方針。

 想定問答集。

 緊急時対応。

 案件優先順位。


 五冊。

 全部読んだ。


 だから分かる。

 異常だ。


 アメリアは休暇準備をしたのではない。

 不在準備をしたのだ。


 どんな問題が起きても回るように。

 誰が判断しても対応できるように。


 まるで。

 自分が戻らない可能性を考えたみたいに。


 そこまで考えて。

 ミリアは首を振った。


 ありえない。

 アメリアはそんな事をしない。


 だが。

 もし。


 もし何かを知ったのだとしたら。


 その時。

 机を軽く叩く音。


 顔を上げる。

 ルーカスだった。


「どうした?」

「顔が怖いぞ」


 ミリアは少し迷う。


 だが。

 話す事にした。


「おかしいのです」


「何がだ?」


「全部です」


 ルーカスが苦笑する。


「説明になっていないぞ」


「そうですね」


 ミリアも苦笑した。

 自分でも分かっている。


 根拠はない。

 数字もない。

 証拠もない。


 ただ。

 違和感がある。


 監査官としては最低の理由だった。


 だが。

 それでも。


「アメリア様は休まないんです」


「……」


「休むなら私達が休ませます」

「自分からは休まないんです」


 ルーカスが黙る。


 その言葉には説得力があった。

 誰よりも近くで見てきた人間の言葉だったからだ。


「だから?」


 静かな問い。

 ミリアは迷わなかった。


「絶対に何かあります」


 ルーカスは腕を組む。


「根拠は?」


 普通なら答えられない。


 だが。

 ミリアは即答した。


「アメリア様だからです」


 ルーカスが吹き出した。


「なんだそれは」


「私もそう思います」

「けれど」


 ミリアは真剣だった。


「間違っていると思えません」


 局長室が静かになる。


 ルーカスも知っている。


 アメリアが何度。

 常識外れの正しさを示してきたか。


 だから。

 笑えなかった。


 しばらくして。

 ルーカスがため息を吐いた。


「分かった」


 ミリアが顔を上げる。


「本当に何かあるかは知らん」

「だが」

「調べる価値はありそうだな」


 ミリアは少しだけ安堵した。


 だが。

 まだ足りない。


 ルーカスは調べる価値があると言っただけだ。

 実際に動くとは言っていない。


 以前のミリアなら。

 ここで止まっていただろう。


 誰かが決めてくれるのを待って。


 指示を待って。

 答えを待って。


 だが。

 今は違った。


 脳裏に一人の女性が浮かぶ。


『では行きましょうか』


 不安そうな自分。

 当然のように立ち上がるアメリア。


 あの時。

 アメリアは迷わなかった。


 問題があるのなら見に行けばいい。

 原因があるのなら調べればいい。


 ただそれだけだった。


 ミリアは静かに息を吸った。


 そして。

 立ち上がる。


 ルーカスが目を瞬かせた。


「ミリア?」


 ミリアは真っ直ぐルーカスを見る。


 少しだけ緊張していた。


 けれど。

 言葉は自然に出てきた。


「では」


 一拍。


「行きましょう」


 ルーカスが固まった。


「は?」


ミリアは当然のように言った。


「原因を見に」


 ルーカスが目を瞬く。


 その言葉に。

 ミリア自身が少しだけ驚いた。


 問題がある。

 原因がある。


 なら見に行く。


 昔。

 王妃教育で。

 アメリアが当たり前のように言った言葉。


 それが自然に出てきたことに。


 ミリアは続ける。


「アメリア様は何かを見ています」

「根拠はありません」

「ですが」

「私は確かめたいです」


 ルーカスが困ったように頭を掻く。


「お前なぁ」

「王太子と王太子妃候補が理由もなく公爵領に向かうのか?」


 正論だった。

 普通なら引き下がる。


 だが。

 ミリアは引かなかった。


「理由ならあります」

「何だ?」


 ミリアは即答した。


「アメリア様です」


 ルーカスが顔を覆った。


「それ理由になるのか?」

「なります」


 断言だった。

 ミリア自身も驚くほど迷いがなかった。


「アメリア様は意味もなく休職しません」

「意味もなく姿を消しません」

「意味もなく何も言わなくなりません」


 だから。


「私は見逃したくありません」


 静かな声だった。


 だが。

 ルーカスには十分伝わった。


 それは勘ではない。


 信頼だ。


 長い時間をかけて積み上げた信頼。

 監査局全員が持っている信頼。


 そして自分も持っているもの。


 ルーカスは大きく息を吐く。


「……まったく」


 苦笑する。


「お前までアメリアみたいなことを言い始めたな」


 ミリアも少しだけ笑った。


「そうでしょうか」


「ああ」


「だが」


 ルーカスは立ち上がる。


「嫌いじゃない」


 そして窓の外を見る。

 遥か西。


 アルフォード公爵領の方向を。


 アメリアは何を見たのか。

 何を知ったのか。

 なぜ何も言わなかったのか。


 答えは分からない。


 だが。

 一つだけ確かな事がある。


 あの人は。

 意味もなく姿を消す人間ではない。


「準備しろ」


「明日出発だ」


 ミリアの表情が明るくなる。


「はい」


 そして心の中で呟く。


 アメリア様。


 あの日。

 あなたは私に言いましたよね。


『では行きましょうか』


 今度は私の番です。

 ミリアは微笑んだ。


「では行きましょう」


 アルフォード公爵領へ。



 翌朝。

 王都を出る馬車があった。


 乗っているのは。

 ミリア。

 そして。

 ルーカス。


 行き先はアルフォード公爵領。

 二人とも平民の恰好をしていた。


 理由は単純。

 調査だ。


 根拠はない。

 証拠もない。


 だが。

 ミリアは確信していた。

 アメリアは何かを見ている。


 そして。

 自分達はまだ。

 それを見ていない。

お読み頂き、ありがとうございます。

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